私は、自分自身の経験からあまり国会議員を信用していない。
中には優れた人もいるが、そう大したことがない国会議員もいる。

厳しい選挙を勝ち抜いて国会に議席を獲得しているのだから、当選できなかった候補者よりもよほど優秀で有能なんだろう、などと思うと、これが大間違い。
当選できなかった人や立候補自体を見送った人、さらにはおよそ立候補の意欲を持っていない人の方が遥かに有能で役に立つ、ということもある。

現在の選挙制度は、決して国民にとって役に立つ有用人材の選抜試験ではない。
それが証拠に、7年前の郵政解散総選挙では本当に選挙に出ることなど考えたこともないようなフリーターまがいの人も当選してしまった。
フリーターだからいけないとかお茶らけだからいけない、というのではない。
本当はもっと国民のために役に立ってくれそうな人を押しのけてしまったのが惜しい、ということだ。

4年前の政権交代選挙も多分そうだったろうと思う。
反自民、非自民であれば、誰でも当選しそうな勢いだった。
仕事が出来るか出来ないか、役に立つか立たないか、という基準で選ぶなら当然選ばれてもおかしくない仲間が大量に落選してしまった。

今の選挙は、人材を選抜する制度としては出来が良くない。
昨年12月の衆議院選挙で私のかつての仲間が大量に復活していったが、この人たちは役に立つ人たちばかりである。
だから、ある程度は信用していいとは思うが、だからと言って何でもかんでもすべて国会議員に任せておけばいい、ということにはならない。

どうやら今度の参議院選挙の争点は、憲法になりそうだ。

とりあえずは憲法改正手続条項の改正だけを争点にしようとしているが、単に参議院で3分の2の議席を獲得するための方便として憲法改正手続条項の改正問題を取り上げることには異議がある。

憲法の改正という大事な問題を国会議員だけでは決めないで、国民全体で議論して改正が必要な条項や足りない条項を必要に応じて追加できるような国民本位のしなやかな社会に変えていきましょう、というのでなければ困る。
いよいよこれからが正念場である。
憲法について熱く語っていただければ幸いである。