2011-01-17 07:11:20 テーマ:選挙

若い方々はご自分で運転されるのだろうが、これからは自分で運転することはなるべく避けた方がいい。

睡眠時間をどんどん切り詰めて、自分の体力の極限まで酷使する生活が始まる。

必ず眠気が襲ってくる。

交通事故など起こしたら、その時点で政治活動からリタイアしなければならなくなる。


各種の会合に出て挨拶をさせてもらう機会が増えるはずだ。

アルコールを上手に断わる方法を身に付けておかなければならない。

万一飲酒運転の嫌疑でもかけられ、マスコミに嗅ぎ付けられたらそこで政治生命が絶たれる。


公職の候補者に擬せられなければなんでもなかったことが、一旦選挙に出るということになったら命取りになることが沢山ある。


私は、議員会館で自分の車を使うときは、当然後部座席に座っていた。

しかし、地元に帰って地元の車を使うときは運転席の脇の助手席に座っていた。

お葬式のお通夜や告別式、公的な会合に来賓として出席するときなどは自分の姿かたちを革める、という趣旨で黒塗りの大きな車で出席したが、普段は小さな白い車の助手席が私の指定席であった。


すべて意味があることである。


しかし、最初の選挙の頃はそのことの大事さが良く分からなかった。

私は、第一線の弁護士としてそれなりの事務所を張って様々な事件に取り組んできたから、ある意味で周りの人を弾き飛ばしかねないエネルギーをあたり一面に発散していたのではないかと思う。

それこそ暴力団とか右翼と言われる人たちや過激な左翼的労働組合の人とも真正面から力比べするような生活も経験してきたから、鼻っ柱が強かったことは間違いない。


手を後ろに回して、胸を張って挨拶をしてしまう。

私の最初のポスターの写真は、まるで現役のプロレスラーのようだった。

地元の候補者選びの会場で挨拶するように依頼されて会場に駆けつけたときに私が着用していたのが、当時大事な会合に出席するときに着ることにしていたダブルの背広だった。


おやおやおや。

多分、地元の皆さんは違和感をもたれただろうと思う。


何か違う。

これから選挙に出ようとする人の雰囲気ではない、ということだろう。


これからは、車を降りて自転車で回ることだ。

目的地に向けて一目散で急ぐ必要はない。

遠回りしてもよい。


すべてが新しいことばかり。

新しい世界に足を踏み出したという喜びを噛み締めながら、初めて通る道を存分に楽しむことだ。

体力のある人は、自分の足でどんどん歩け。

車から降りる、というだけで世の中の様子が違って見えてくるはずだ。