選挙の教室は、選挙を変え、日本の政治を変えていくための勉強の場です。選挙に関する様々な情報を収集し、これからの選挙はどうあるべきかを皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
なお、このブログには、「早川忠孝の一念発起・日々新たなりー通称早川学校」掲載記事の外、選挙記者による投稿記事等を掲載しております。
☆早川忠孝のプロフィール
元東京弁護士会副会長、元衆議院議員。昭和44年自治省に勤務、富山県庁に出向して富山県選挙管理委員会書記等を経験。新しい選挙制度研究会代表。
連絡先:〒102-0093東京都千代田区平河町1-7-10平河町Sビル3階太陽コスモ法律事務所E-mail:tadataka-h@live.jp

2013年06月

選挙違反事犯の予見可能性と回避可能性をどうやって高めていくか

2013-05-24 22:50:33 テーマ:選挙

今日、弁護士選挙研究会の第2回目を開催したが、早速難しい問題に逢着した。

何が選挙違反になるか、処罰の対象になるのかどうか、どうやったらそういう危険を回避できるのか、と問われた時に弁護士が的確に答えられるだろうか、ということだ。
選挙の近代化と合理化を進めるためには、選挙違反の予見可能性と回避可能性を高める必要がどうしてもあるが、今の公職選挙法の下でそれが可能だろうか、という質問だ。

肝腎の弁護士に答えがないのでは、相談した人が困るだろう。
そういう状況の下で弁護士選挙研究会を開催することにどれだけの意味があるだろうか。
そういう問いかけである。

正直のところその場になって見なければ分からないことが多く、マニュアル化が難しい分野であるが、それでも出来るだけ分かりやすいマニュアルを作って、普通の弁護士であれば概ね間違いのない対応が出来るようにしておかなければならない。

未だに名人芸が通用する世界ではあるが、しかし、いつまでも名人芸に頼るわけにはいかないことはそのとおりである。
文書にはしがたいことばかりの世界だが、選挙の透明化、近代化、合理化を図るためにはその文書にし辛いところを出来るだけ文字にして残す工夫が必要になる。

こういうことに拘る弁護士は、いい弁護士である。

酸いも甘いも分かっていて、しかもいい弁護士を一人でも多く作る必要がある。

次回の弁護士選挙研究会は5月30日の午後6時から開催するが、そろそろ若い弁護士の皆さんにも参加していただきたいものだ

公職選挙法の有権解釈は誰がするのか

2010-06-27 19:40:06 テーマ:選挙

公職選挙法の規定をどう解釈するかだが、皆さんに一番身近な存在はやはり選挙管理委員会だろう。


選挙管理委員会は都道府県と各市町村にある。

選挙管理委員会には選挙管理委員がいるが、個々の選挙管理委員が法令の解釈をしている訳ではない。

具体的な公職選挙法の解釈なり解説は、選挙管理委員会の事務局が行っている。


地方公務員である選挙管理委員会の事務局に公職選挙法の法令解釈が正確に出来るだろうか、と心配される向きもおられようが、市町村の選挙管理委員会の事務局は都道府県の選挙管理委員会から示されている通達に基いて具体的な法令の解釈や解説をしているだけ。


それでは、都道府県の選挙管理委員会はどんな基準で通達を作っているのか。

都道府県の選挙管理委員会が公職選挙法の立案作業をやっているわけではない。

実は、都道府県の選挙管理委員会の解釈や解説は、総務省の自治行政局の選挙部長が発出した通達が基準になっている。


それでは、総務省の自治行政局の選挙部が公職選挙法の立案を行っているのか。

答えは、ノーである。


公職選挙法は議員立法なので、総務省が直接立案の責任を負うことはない。

内閣が提案する閣法ではないので、当然、内閣法制局の審査も経ていない。

したがって、内閣法制局に公職選挙法の法令解釈についての有権解釈の権限がある訳ではない。


公職選挙法の改正は、基本的に衆議院議員によって担われるので、衆議院の法制局が立案作業の事実上の事務局になり、国会議員のする立案作業を補佐することになる。

この作業に、事実上総務省の自治行政局選挙部の担当者が専門家として関与することになる。

この立案作業の過程で出てきた様々な議論を踏まえて、総務省の自治行政局選挙部の担当者が想定問答集を作る。

検討の過程で出された様々な疑問をどうクリアーしたか、その議論の内容を整理したものが想定問答である。


選挙部長の通達は、基本的に国会審議用に作成されたこの想定問答に基いていると言って良い。

勿論、国会の審議の過程で行われた実際の質疑内容、とくに提案者の答弁内容が重視されることになる。

選挙管理委員会の法令解釈や解説は、結局この範囲を超えることは無い。


私の見るところ、議員立法はずいぶん杜撰で乱暴なところがある。

政治的な駆け引きや思惑で、エイヤッと、その時々の勢いで規定を作るところがある。

執行部の上層部だけで法案を纏めると、この規定の趣旨はどこにあるのか、一体どこからが違法で、どこまでが適法なのかがよく分からない規定が混じっていることがある。

与野党の幹部だけで折り合いをつけた改正の場合は、部会や委員会での実質審議が省略されてしまい、殆ど審議なしで成立してしまうので、結構恐ろしい。


立法者の意思、ということで法案提案者の趣旨説明が極めて重視されるが、立法当時立案者が想定したごくごく典型的な事例には当て嵌まっても、それ以外の限界事例やグレーゾーンのことになるとさっぱり要領を得ないことになる。


選挙管理委員会の典型的な回答は、公職選挙法に抵触する虞があります、というものだ。

選挙管理委員会に質問が寄せられるのは、大体が典型的ではないもの。

公職選挙法の規定を文言どおり読んだら、どうも該当しそうだが、本当はどうなのか、というのが、大体は選挙管理委員会に寄せられる質問だろう。

選挙管理委員会の職員としては、違反になりません、と断定的に言うことはなかなか難しい。

抵触する虞があります、と答えれば、まず間違いにはならないから、選挙管理委員会に聞けば大抵は違反の虞があります、ということになるはずだ。


結局は、判例や実例の積み重ねで対処する外無いことになる。

警察は、選挙違反の取締りの観点から公職選挙法の解釈をする。

選挙管理委員会の解釈や解説を参考にはするが、必ずしもこれに拘束されない。

違法の捜査、違法な逮捕、違法な家宅捜索、違法な取調べとされないかどうかが、基本的には警察の判断基準になるだろう。

たとえ形式的な選挙違反であっても、公職選挙法の規定に一見抵触していると見れば捜査の対象としても違法捜査には当たらないことになる。

現実に捜査の対象にするかどうかは、その時々の選挙違反取締対策本部の方針によって決まることになるが、私の見るところかなり流動的なところがある。


警察にパイプがある人がいれば、今度の選挙ではどんなことが捜査の対象となるか、ある程度の傾向と対策を練ることが出来るが、いずれにしても選挙の世界は、普通の人にはおよそ想像もつかない世界である。


さて、以上のことを理解して頂いたうえで、それでは公職選挙法の有権解釈の権限はどこにあるのか、という問いに対する一応の答えを出しておこう。

裁判所にある、というのが、私の答えである。

その中身は結構複雑だが、今日のところは、この程度で止めておくことにする。

皆さんのご意見をお伺いしてから、続きを書くことにしたい。


選挙違反の取締りは警察の仕事

2010-06-28 16:35:51 テーマ:選挙

選挙管理委員会が選挙運動の管理をするところと思っておられる方は、どの位おられるだろうか。


選挙管理委員会の仕事の中心は、何と言っても選挙が適正かつ円滑に行われるようにすることにある。

選挙人名簿の作製からはじまり、立候補予定者への説明会の開催、公営掲示板の手配、不在者投票や期日前投票、さらには選挙日の投票が不正に行われないようにするための選挙立会人の確保や投開票場所の管理、票の点検作業、選挙会の開催、選挙に関する不服申立ての審査、選挙結果の報告、などなど沢山の事務処理がある。


選挙管理委員会が選挙運動の取締りをするんだ、と思っておられた方は、選挙管理の言葉の意味を明らかに誤解されている。

事業仕分けなどして選挙事務の経費を大幅に削減したりすると、必要な人件費や物件費の支払いにも事欠くようになり、適法で円滑な選挙管理事務の執行が難しくなる。

勿論、選挙管理委員会の職員は、各候補者の陣営や一般の方から公職選挙法について問い合わせがあれば、これに答えなければならないが、選挙運動の取締りをする権限が与えられている訳ではないので、ごくごく一般的な答えをすることになる。


それじゃあ、余り役に立っていないから事業仕分けだ、などというのは、大変な論理の飛躍である。

議会制民主主義社会の根幹を支えているのが選挙であり、これを具体的に担っているのが選挙管理委員会の職員の方々である。

不正な選挙が行われないようにする、という大事な仕事を現場の皆さんは、真面目にかつ一生懸命にやってこられている。

公務員バッシングが行き過ぎると、時々こんな誤解が罷り通るようになる。

選挙運動自体の管理は、どこもやっていない。

選挙違反の取り締まりは警察の仕事で、選挙管理委員会の仕事は、基本的に選挙が適正に実施されるように段取りをすること、だと改めて申し上げておきたい。

関心はあっても燃え上がらない選挙

2010-06-27 09:39:14 テーマ:---

今回の選挙に対する関心度は、決して低くない。

しかし、関心はあるが、ちっとも燃えない、というところだろうか。


冷静に関心を持って眺めている、といったところか。

期日前投票がどの程度になっているかで有権者の熱気がある程度つかめるが、今のところ期日前投票に大動員がかかっているようには思えない。

各新聞社の選挙情勢報告が今朝の新聞に躍っているが、選挙の現場に通じた人の目で見れば、まあ、あえて中身を読まなくとも事前に予想出来たような内容である。

固い支持基盤の有無がモノをいう選挙になっている、というだけだ。

風がどこにも吹いていないから、知名度の無い新人候補はどこでも苦戦を余儀なくされている、ということだ。


これが序盤戦の状況。

これからが本当の戦いになる。

もう息切れを始めているところもあるだろうが、選挙は最後の三日、最後の3時間で決まる、と思っておいた方がいい。

諦めるのは、まだ早い。


火がつく瞬間がある。

これではならじ、という危機感から人が動き出す瞬間がある。

これから2週間のうちに2度ほどそういう瞬間がくるはずだ。


そのときに的確な言葉で国民に訴えることが出来るかどうか。

火が燃え上がるのも、小さな種火を吹き消してしまうのも、そのときどんな風を吹き込むことが出来るか、どんな風を巻き起こすことが出来るかどうか、で決まる。


今は、風は吹いていない。

しかし、いつかは必ず風は吹く。

そう信じて、自分がもっとも正しいと思う道を堂々と歩むことだ。

自分がそう信じなければ、周りがそう信じるはずがない。


選挙という大変な仕事に果敢に挑戦し始めた皆さん、どうぞ、楽しく選挙をやって下さい。

ひょっとしたら皆さんの言霊で風を吹かせることが出来るかも知れない。

自分達の未熟さ、愚かさを露呈してしまうような選挙運動は禁物

2010-06-24 18:05:57 テーマ:選挙

今回の選挙の帰趨は、マスコミの報道の仕方で決まると思う。

このマスコミの中に、インターネットが入ってくるのは間違いない。

マスコミが報道しないような事実が、今回はインターネットで即時的に流れる、と思った方がいい。


早速、未熟な選挙運動の事例が表に出てきた。

これは、現場で指揮を取っている人の明らかな間違い。

間違いに気付いたら、早速お詫びに飛んでいくことだ。

若い人たちは、どうしても勇み足をしてしまう。

長年かけて選挙に関係する人たちが築き上げてきた麗しい慣行などを平気で破ってしまう。


街頭演説の場所取り、などは、我先になってしまうと、互いの陣営が応援団を繰り出して身体を張っての陣取り合戦になってしまう。

互いの陣営が怒鳴り合いから殴り合い、さらには刃傷沙汰にもなってしまう。

選挙は、もともと戦いだ。

そのことを念頭に置きながら、しかし、どうしたらフェアな戦いに出来るか。

これを考えるのが、それぞれの陣営で指揮を執る人たちの大事な役割。

反省すべきところは反省して、やり直すべきだろう。

選挙の実相ー陣営の動きを一番知っているのは警察

2010-06-25 11:17:26 テーマ:選挙

知っている方には常識みたいなものだが、知らない方からすれば、へー、そうなの、という感じがすると思う。

候補者のスケジュールを一番知っているのは、特定の事務担当者を除けば、警察。

いつ、どこで、どういう応援弁士が来て街頭演説をやるのか、を警察は事前に把握しているものだ。

なんでそんなことが出来るの、という質問が来そうだが、実は選挙事務所には毎日のように警察の人が来て、雑談をして帰っている。


選挙の公示の前から警察の人は事務所の責任者と面談し、選挙区内の情勢分析や相手陣営の選挙違反情報などを収集しようとしている。

だから、殆どのことは警察に筒抜けになっていると考えたらいい。

世論調査でそれぞれの候補者の当落予想がよくされているが、警察は警察で、足で稼いだ当落予想、選挙情勢分析をしているようだ。

私は見たことが無いが、世論調査も警察の選挙j調整分析もかなり当たるようだ。


警察の関心は、専ら、いつ、どこで金が配られるか、にある。

選挙違反の摘発が目的である。

選挙を仕切っている主だったメンバーのところには頻繁に足を運んで、何かありませんか、というようないわば御用聞きみたいなことをしている。

事務所を持たない泡沫と言われるような人のところにはさすがに行かないだろうが、一応選挙の態勢が整っているところには、必ず警察の目が光っている。

そう思っておかれたらいい。


これから特に注意が必要なのは、もう一歩で当選できる、と思われている陣営である。

組織固めのための金が出回るとしたら、多分そういう陣営であろう。

手作りの選挙戦で挑んでおられる新人の方々は、くれぐれもご用心を。

辛うじて当選したはいいが、議員バッジを付けて1ヵ月後には議員辞職、などということにならないよう、いい参謀を見つけることだ。


私は、すべてのことを知っているわけでも、また必ずしもすべて本当のことを知っているわけでもないが、まあ、当たらずとも遠からず、程度のことを知っている。

新人の方々は、私のブログを参考にされることも悪いことではない。

テレビで博したお茶の間の人気は、移ろい易い

都議選が終わると、いよいよ参議院選を迎える。

参議院選挙の出馬予定者として比較的世間に名前が通っていると思われる「そこそこの有名人」の名前が取り沙汰されていたが、目を皿にして新聞を読むが一向にその動静が明らかでない。

どこからも名前が上がってこないし、本人の声も聞かれないから、ひょっとしたら名前が上がっただけかも知れない。
テレビでお茶の間に登場した人は、テレビに出なくなったらあっという間に知名度を失う。
3か月間一度もテレビに出なければ、もう過去の人だ。
そのくらいに、テレビに登場して作り上げられた人気は、移ろい易い。

だから、本物のタレントは最後の最後まで選挙に出るなどということは口にしない。

こういうことにかけて天才的なのは大阪の橋下氏である。
200%立候補しないと言いながら大阪府知事選挙に立候補して政治家に転身してしまった。
お茶の間で獲得した人気をそのまま政治の世界に持ち込んで、それなりに成功した。
少なくともテレビを通じて獲得した人気を維持できるようなパフォーマンスを次から次へと繰りだしてお茶の間を飽きさせなかった。

行政マンとしての行政手腕には不安があったが、政治に対しての国民の期待値を大きく上げるために必要なことはなんでもやってきたのだと思う。

大阪府知事から大阪市長への転身も見事だった。
大阪維新の会の設立や維新塾の開催までは非の打ちどころがないほどに目覚ましい活躍ぶりを示していた。
マスコミも橋下氏に期待した。
私も橋下氏に大いなる期待を寄せてきた。

しかし、この僅か半年余りで橋下氏に対する国民の期待値が大きく下がってしまった。

カッコいい橋下氏の姿がテレビに登場しなくなったからだろう。
話題性は相変わらずあるが、お茶の間が声援を送りたくなるような登場の仕方ではないから、こういう姿でテレビに登場しても国民は冷めるだけである。
どんなに威勢のいい発言を続けても、お茶の間が白けるようなことしか言えないのだったら、そろそろ限界である。

茶髪で人気を博した弁護士は、結局は茶髪に戻るしかないのだろう。
残念だが、ここまで来るとそう判断せざるを得ない。

維新変身。
維新は、この都議選で手痛い敗北を喫する。
橋下氏は茶髪に戻る前に頭を丸める必要があるが、もはや遅い。

東京の石原氏と大阪の橋下氏が袂を分かつ日が刻々と迫っているようである。

新しく公募で候補者に選ばれた方に(11)-とにかく楽しくやろう

2011-01-18 13:34:59 テーマ:選挙


いよいよ今年の〇〇選挙に向けての選挙準備体制を固める大事なときである。


私が尊敬する中堅の弁護士から、次の〇〇選挙に〇〇党から立候補する予定の友人の弁護士のためにお知恵を拝借したい、という話がきた。

これまで何度か選挙の実相についてはこのブログで取り上げてきたが、改めて整理するのもいいかと思って、思いつくままに書き連ねてみた。


まだまだ選挙については語るべきことが多いが、いささか読者の皆さんはうんざりされるかも知れない。

当面のところはこの程度に止めておくことにするが、いい人にはどんどん名乗りを上げていただきたい、というのが私の願いである。


いい人が悪い人にならないようにしなければならない。

いい人が思いもかけず事故にあわないようにしなければならない。

そのために、本当のことを伝えておかなければならない。


そういう思いで書いてみた。

とりあえずのまとめを書いておこう。


選挙は楽しくやろう。

いいことをやるのだから、きっといいことが沢山ある。

始めたら最後までやることだ。


成功の秘訣。

勝つまで戦う。


簡単なことだ。

新たに公募で候補者に選ばれた方々に(10)-正しい情報収集のための目と耳を持つべし

2011-01-18 13:33:42 テーマ:選挙
森羅万象山川草木悉皆我師となるかならないか。

ならない。

みんなの言うことを同じように聞いていたのでは、迷うばかりでどこにも行けなくなってしまう。

謙虚は美徳である。

しかし、肝心の自分がなくてはその謙虚には意味がない。

周りに流されないためには、十分の研究を遂げておくことである。

自分の立ち位置を確立しておくことだ。


耳はどうしても二つ必要だ。

確かな二つの耳を持つことだ。

一つだけでは、変に聞こえてくることがある。

右の耳で聞いたことを左の耳で確かめるくらいの慎重さ、賢明さが必要だ。


二つ以上持つことはない。

一つだけでは当たり外れが大き過ぎる。

二つが丁度いい。


二つの耳は、二つの目にも通じる。

目と耳は、二つあって役に立つ。


それでは口はどうか。

口は、絶対に一つ。

自分の口だけにしておいた方がいい。


どういう目と耳がいいか。


一番親しい友人の目と耳がいいだろう。

一番難しいのはもう片方の目と耳だ。

地元の選挙通の方々は口は出すが、なかなかいい目と耳は貸してくれない。

公募で候補者に選ばれるというのは、実は本当に必要な目と耳を持っていないということである。

何とかこれを補わなければならないのだが、これが難しい。

自分を担ぎ出してくれた地元の有力者がいれば、その人をもう一つの目と耳にすればいい。

自分から名乗りを上げたのであれば、自分の運を信じて、エイヤーでもう一つの目と耳を選ばなければならない。

これは仕方のないことである。

新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(9)-ひたむきさが最大の魅力

2011-01-18 11:17:17 テーマ:選挙

細かなテクニックなどは、知らなくてもいい。


随分上手に物を言う人がいるが、上手だからいいというものではない。

訥々とした話し振りの方がより共感を呼ぶことが多い。

自然体で人の心をグッと掴んでしまえるような人は、たいしたもんだ。


本当の話を一つだけ、いつもすればいい。

自分にしか出来ない話。

いわば自分の原体験である。


人間は、結局大したことは出来ない。

出来ないことが分かっているからこそ、自分だけの目標に徹底的に拘ったらいい。

これだけは必ずやり遂げる。

これだけは自分の力でなければ成し遂げられない。

そういうことを一つだけ持っていればいい。


たった一つでいい。

これだけは人よりも優れているところを持っていて欲しい。


早く愛称で呼ばれることだ。

その愛称で人柄がすぐ分かるような愛称をつけてもらうことだ。


若い方々の最大の魅力は、ひたむきさである。

そのことがよく分かるような愛称。

結構これが難しい。


私の「チューコーさん」は、果たして愛称だったのか。

最近は、どうやら校長先生がお似合いのようだ。
しかし、これも本当に愛称なのか。

新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(8)-候補者は重い荷車を引くようなもの

2011-01-18 08:42:00 テーマ:選挙

この道には近道はない。

出来るだけ平坦な道を選んで歩むことが大事だ。

遠回りしてもいいから、大道を歩むことだ。


私はもともと車が運転できないから、歩くのは苦にならないが、普段車に乗り付けている人にとってはちょっと苦しいかも知れない。

しかし、それでも、さっと一直線に自家用車で目的地に乗り付けるようなことは考えないことだ。


大八車などご存じないだろうが、車は車でも精々が荷車だ。

しかも自分が荷車に乗るのではなく、自分がその荷車を引いていくのだ。

腰が高すぎると自分が浮いてしまう。

腰をグッと落として、腹に力を入れてしかも前傾姿勢を取らないと、到底前には進めない。

一歩一歩踏みしめていく感じである。


そもそも重い荷物を載せているのだから、重い。

重いが、しかし動き始めたら動く。

最初の一歩が踏み出せたら、それでよい。

最初の一歩だけは、どうしても自分の渾身の力を振るって踏み出さなければならない。

そのくらいの力はある、と皆が認めたから候補者に選ばれたのだから。

新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(7)-酒には呑まれない

2011-01-17 20:13:38 テーマ:選挙

お酒を呑むと、頭が悪くなる。

そう思っておいた方がいい。

頭が悪くなるから、お酒を呑まないことにしている、などとは決して言ってはいけないが、自分の心の中でそう呪文を唱えておけばいい。


お酒が出る席は多いだろうが、お酒を呑む時間はないはずだ。

自分でお酒は呑まない。

呑まないったら、最後まで一滴も呑まない。

思い切って、呑めなくなることだ。


その代わり人に注いで回る。

どんどん注いで回る。

回り始めたら最後まで回る。

くるくるくるくる、駒のように回る。


絶対に酒に呑まれては駄目だ。

人を酔わしても自分は酔ってはならない。

もう十分夢を見ているのだから、それ以上お酒で酔う必要はないではないか。

すべてが仕上がったところで、家族とひっそり祝杯を上げればいい。
それまでは呑む暇はない。

もう一度言う。

絶対に酒に呑まれてはならない。

他人は酒に呑まれてしまうような人を忘れてはくれないものだ。

新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(6)-家族を巻き込まない

2011-01-17 18:56:29 テーマ:選挙

立候補するのは貴方であり、貴方の家族ではない。

家族の協力なくして立候補などあり得ないが、選挙に家族を巻き込むことはしてはならない。


実は、これは不可能な呪文である。

どんなに家族を巻き込むな、と唱えても巻き込むようになるもの。

独身ならともかく、家族がいればどうしても家族が中に入らないと上手く回らない。

そういうものである。


しかし、家族を中に入れると潤滑油にもなるが、ブレーキにもなる。

実際はブレーキになることが多く、ブレーキが働いて傷つくのは家族である。


家族は巻き込んではならない。

選挙を知らない人が長年選挙をやった人たちと同じように動けるはずがない。

家族が中に入ると、周りの人は候補者に言うべきことをすべて家族に言うようになる。

候補者本人にはとても面と向かって言えないようなことも、家族には遠慮会釈なく言う。


これが辛い。

色々な注文や苦情がどっと家族に押し寄せてきたら、大抵の家族は潰れてしまう。

家族はそっと脇にいるだけでよい。

家族が表に出て選挙を仕切るようになったら、大抵はそこで誰かがはじける。


家族が何でも仕切るようになるのが一番危ない。

誰も本当のことを教えてくれなくなる。

家族は最初から選挙には関わりがないもの、としておけば、傷つく度合いは格段に減る。


それでも家族が傷つくことを完全に防ぐことは難しい。

選挙に出るのなら離婚します、というしばしば聞く言葉は、本当である。

本当に離婚している人たちがいる。


小泉元総理もその一人である。

家族は人一倍大事にしなければならない。

そういう難しい条件を乗り越えて議席を獲得できた人は、間違いなくひとかどの人物である。

新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(5)-怪我も弁当も自分持ち

2011-01-17 16:19:50 テーマ:選挙

公募で選ばれた候補者だろうと、周りから推薦されて担ぎ上げられた候補者であろうと、候補者になればみんな同じである。

そのことをよく知っておいた方がいい。


候補者になった時点から戦いが始まっている。

誰かが何かをやってくれることはない。

全部自分で始めなければならない。


大事なことがある。

怪我と弁当は自分持ち、ということだ。

自分の食べるものは、自分で用意しなければならない。

大食いの人はそれなりに、少食の人もそれなりに自分で用意する。


誰かを当てにしてはいけない。

当てにしていると、食べ損ねて存分な働きが出来なくなる。

肝心のときに兵糧が不足している、というのではみんなが困る。

弁当は自分で用意するものである。


くれぐれも事故に遭わないようにしていただきたい。

まず、誰も助けてはくれない。

事故に遭うのが悪い、くらいの感覚でいるのがいい。


天は自ら助くる者を助く。

古来、そう言い習わしてきている。


何をどれだけやったらいいのか分からない世界に飛び込むのだ。

本当のことを教えてくれる人を出来るだけ早く見つけることである。

運がいい人は、危ない目に遭わないでいい結果を出すことが出来る。


Good luck!

新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(4)-3分間スピーチ

2011-01-17 14:36:34 テーマ:選挙

予備選挙を経て選ばれた方なら心配ないと思うが、単なる書類審査や面接の結果で選ばれた方の場合は、特に演説の仕方を練習される必要がある。


どこの会場に行っても挨拶が求められる。

沢山言いたいことがある方は、話し始めたら止まらなくなることがある。

あれも言いたい、これも言いたい。話すことが大事な仕事のように錯覚してしまう。


むしろこういう人は、話をしないことを目標にしたらいい。

何か他人様とは違ったところがある、くらいな印象を残せば十分である。


何も話すことがない人は、どうするか。

さっさと選挙の場から離れることである。


さて、話をする場合は、3分間で大事な話をすることを心がけられたらいい。

そのためには、話す内容は3点だけに限定すること。

中味のない話でも、大きな声で話せば元気がいいと思われる。

大きな声で話すためには、しっかり息を吸い込んでゆっくり話すことが必要になる。


もっとも3分間で大事な話を立て板に水のような調子で喋る、という独特の技が求められることもあるので、まあ緩急自在に話が出来るように練習されることだ。

3分間スピーチは、選挙の候補者でなくとも役に立つ。


官房長官に就任した〇〇氏は、3分間スピーチの天才だろうと思う。

中味は今一のところがあるが、あの切り返しのスピードの速さは並大抵のものではない。


もっとも、新しく公募で候補者に選ばれた方にはああいうタイプの3分間スピーチはお勧めしない。

念のため。

新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(3)-公募するにはそれなりの理由がある

2011-01-17 11:14:04 テーマ:選挙

公募によって選ばれた、ということは、選挙関係者から見て一定の資質があると認められたということだから、そのこと自体誇りにしてよいことである。


しかし、公募で選ばれたからそれでよし、という訳にはいかない。

それこそ現職の国会議員が刑事事件で逮捕され失職したとか、急逝して後継者が見つからない、などという特別の事情がない限り、公募によって選ばれた候補者の前に広がるのは茨の道である。

皆から担ぎ出されて候補者になる人よりも、条件は厳しい。

すべて自分の力で道を切り開いていかなければならない。


選んだ人たちが何か役に立つかと言えば、大抵は役に立たない。

選んだ瞬間に、それでお仕舞いだ。

選ぶことは選ぶが、選んだ後の結果までは責任を負わない。


これが、現在の公募の実態である。


今から公募で候補者を選ぶ選挙区は、8割方は当選が難しい選挙区だということを覚悟しておいた方がいい。

いや、極端なことを言えば、当選することが殆ど不可能だからあえて公募した、と言った方がいい。

当選できるのであれば、市長や県会議員や市会議員の中の元気のいい人が既に名乗りを上げていたはずだから、今の段階での公募に応募するのには大変な勇気がいる。


それでもいいのだ、と思わなければならない。

戦うことに意義を見出す。

挑戦することに意義を見出す。

大義に殉じる、という趣の覚悟が必要である。


こういうことが分かって、なお名乗りを上げる人は武士(サムライ)である。

私は、そういう向こう見ずなサムライが好きだ。

新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(2)ー車から降りる

2011-01-17 07:11:20 テーマ:選挙

若い方々はご自分で運転されるのだろうが、これからは自分で運転することはなるべく避けた方がいい。

睡眠時間をどんどん切り詰めて、自分の体力の極限まで酷使する生活が始まる。

必ず眠気が襲ってくる。

交通事故など起こしたら、その時点で政治活動からリタイアしなければならなくなる。


各種の会合に出て挨拶をさせてもらう機会が増えるはずだ。

アルコールを上手に断わる方法を身に付けておかなければならない。

万一飲酒運転の嫌疑でもかけられ、マスコミに嗅ぎ付けられたらそこで政治生命が絶たれる。


公職の候補者に擬せられなければなんでもなかったことが、一旦選挙に出るということになったら命取りになることが沢山ある。


私は、議員会館で自分の車を使うときは、当然後部座席に座っていた。

しかし、地元に帰って地元の車を使うときは運転席の脇の助手席に座っていた。

お葬式のお通夜や告別式、公的な会合に来賓として出席するときなどは自分の姿かたちを革める、という趣旨で黒塗りの大きな車で出席したが、普段は小さな白い車の助手席が私の指定席であった。


すべて意味があることである。


しかし、最初の選挙の頃はそのことの大事さが良く分からなかった。

私は、第一線の弁護士としてそれなりの事務所を張って様々な事件に取り組んできたから、ある意味で周りの人を弾き飛ばしかねないエネルギーをあたり一面に発散していたのではないかと思う。

それこそ暴力団とか右翼と言われる人たちや過激な左翼的労働組合の人とも真正面から力比べするような生活も経験してきたから、鼻っ柱が強かったことは間違いない。


手を後ろに回して、胸を張って挨拶をしてしまう。

私の最初のポスターの写真は、まるで現役のプロレスラーのようだった。

地元の候補者選びの会場で挨拶するように依頼されて会場に駆けつけたときに私が着用していたのが、当時大事な会合に出席するときに着ることにしていたダブルの背広だった。


おやおやおや。

多分、地元の皆さんは違和感をもたれただろうと思う。


何か違う。

これから選挙に出ようとする人の雰囲気ではない、ということだろう。


これからは、車を降りて自転車で回ることだ。

目的地に向けて一目散で急ぐ必要はない。

遠回りしてもよい。


すべてが新しいことばかり。

新しい世界に足を踏み出したという喜びを噛み締めながら、初めて通る道を存分に楽しむことだ。

体力のある人は、自分の足でどんどん歩け。

車から降りる、というだけで世の中の様子が違って見えてくるはずだ。

補論 新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(1)

2011-01-16 10:40:45 テーマ:選挙

私は、党派を超えて、これから国政や地方選挙に挑戦されようとしている意欲ある方々にとって、ある意味での守り神になりうる素質があるのではないかと思っている。


現職の弁護士で、4回もの落選経験のある自民党の元国会議員は私しかいない。

しかも公職選挙法や政治資金規正法の改正作業のみならず、かつては自治省、富山県庁の職員として選挙管理事務にも従事したことがある。

司法、立法、行政の3分野の表舞台で仕事をしてきたことに止まらず、選挙という生臭い政治の裏舞台の第一線でも15年近く生き抜いてきたのだから、これから各級の選挙に挑戦しようとする人は一度は私の門を叩かれたらいい。

特にこれまで選挙というものに携わったことのない方々は、まず私のところに来られた方がいい。


選挙の世界では、まず常識が通用しない。

自分の常識を選挙の世界の常識に合わせるか、それとも選挙の世界の常識を自分の常識に合わせるか。

その戦いを経験しなければならない。

自分の常識を選挙の世界に常識に変える戦いに勝利した人は、いない。


そういうことを知っておいて戦いに臨めば、少なくとも選挙に失望することはなくなる。

当面どこの政党から名乗りを上げられるにしても、高い志を持っておられる有為な方々に対しては、党派を超えて応援してまいりたいと思っている。


先日、県会議員選挙に立候補するという決意を固められた市会議員の方が自宅に挨拶にこられた。

自民党の選挙区支部長であった私を長年親身になって応援くださった方である。

私が次の衆議院選挙でみんなの党から立候補するという噂になっているので、挨拶に来るのを躊躇されていたとのことだったが、よくぞ決意されたと思う。

無所属での戦いはきついだろうが、今は自民党とか民主党のブランドで戦う時代ではなくなってきている。


新しい時代。大きな和を作ろう。

これが、私のメッセージである。


選挙は人生の修行/選挙を楽しむ

2007-04-02 18:36:53 テーマ:選挙
選挙戦の真っ最中である。

熾烈な戦いを展開しているところ、選挙の帰趨が明らかで、陣営に弛みが見られるところ、など様々である。

しかし、今回の選挙の投票率は低そうだ。

選挙は人の営みの中で、もっとも端的に人の本音をさらけ出す。

私の拙い経験であるが、選対の幹部が、秘書を80人くらい動員しなければ選挙にならない、などとぶち上げたことがある。

どこにそんな要員がいるのか、どこからその経費を捻出するのか、などはお構いなし。

要は、選挙は自分でやれ、というメッセージである。


選対の最も重要なポジションにいる幹部が、選対会議の後、対立候補の事務所に顔を出している、という話を聞いたこともある。

仕方なく選対に入っているが、本当は対立候補の応援をしているということである。

こんな状況の中で多くの選挙戦は戦われている。

私はこれまで5回国政選挙を戦ってきたが、私に面と向かって、一番辛らつな話をしてくれた議員が懐かしい。


お前には何の義理も無い。兄弟でも友人でもない。お前には何の世話にもなっていないし、世話になるつもりもない。
その人は面と向かって私にそう話した。

まさか自民党の公認候補になる者にそんな乱暴なものの言い方をする人はいないだろと思われるだろうが、本当の話である。

本音で話してくれたのだと思う。


候補者は金が無い。金の無い候補者を応援するからには、一人当たり300万円くらい出さなければならない。そのくらいの覚悟はあるのか、と叫び、会議に参加していた皆がシュントした、という話も聞いた。

当時相手は上昇気流に乗っている現職。自民党のブランドは通用しそうにない。

市長や議員はそんな負け戦に名乗りを上げようとしない。

そんな負け戦に、なぜずぶの素人の候補者を担ぎ出すんだ。

俺は、そんな選挙はやりたくない。


真意は分からないが、今となってそうだったのではないかと思える節がある。

選挙とはどういうものかを端的に知ることができた。様々な裏話も率直に語ってくれた。

その後何度も選挙を経験してきたが、選挙で垣間見る様々な人間模様やその時々の選挙結果に一喜一憂せずに今日まで大道を歩んでこれているのは、このときの経験があるからである。


選挙はまさにこれからが本番。

候補者はそれぞれに苦しいはず。

しかし、選挙戦を全力で闘いきったときは、爽やかな達成感に満たされる。

選挙は怖い。しかし、選挙は沢山のことを教えてくれる。

選挙は人生そのもの。

苦しみを楽しみに変えることが成功への秘訣である。

不可能を可能にすることは出来ないが、難しいことを易しくすることは出来る

2009-01-12 09:01:26 テーマ:選挙

駅頭を終えての街宣車の中での会話。


選挙のための活動は無限だ。

やらなければならないことは無限にある。

しかし、やらなくても特に変わりがないから、やらなくても同じ。


こういう時が、実は一番難しい。

やってもやらなくても同じなら、やらない。

こうなってしまう。


目標がなければ、人間はいい加減になってしまう。

そういうものだ。


はっと気が付いた。

不可能を可能にすることは出来ないが、難しいことを可能にすることは出来る。

難しいことを難しい、と言っていたのでは、何も変わらない。


難しいことを易しくする方法がある。

これは、忘れないうちにすぐブログに書いておいたほうがいい。

そう思ってデニーズでの朝食を終えてパソコンに向かっている。


難しいことを易しくする方法。

難しい課題を細かく切り分け、これ位ならこなせそうだ、という程度の具体的目標を毎日設定し、その目標の達成に向けて努力すること。


かつて司法試験を受けるときの私の勉強法がこれだった。

分厚い基本書を読む。

いっぺんに読もうとしても、とてもとっつきにくく、途中で投げ出してしまう。

1日50ページだけ読む。

1000ページの基本書なら20日間、2000ページなら40日間、倦まず弛まず読み進む。

分からないところは、何度も読み返しながら少しずつ読み進む。

こんな風にして我妻栄を読んだ。


人によっては、2回、3回と繰り返し基本書を読むようだが、私は1回半。

丁寧に1回読んで、もう一度さらっと読み返すぐらいしか出来なかった。


不可能を可能にする、とは言うものの、本当に不可能なことを可能にすることは出来ない。

しかし、難しいことを易しくする方法はある、ということに気が付いた。

街中に張り巡らしているポスターを一日あたり数枚増やしていく。

これが現時点での事務所スタッフの目標である。

相手方陣営もどんどんポスターの数を増やしているので、選挙の結果を左右するようなことではないが、少なくとも何の目標もないよりは生産的で、かつスタッフの健康に良い。


ははは。

選挙違反の捜査

2009-09-07 09:10:19 テーマ:選挙

政治に携わるものにとって一番懸念しなければならないのが、選挙違反である。


これはどうか、というような事件もある。

現在は組織的買収や大型買収事件など考えられないが、運動員買収や未成年者使用などで逮捕、起訴されるケースがある。


電話かけを頼んだ主婦の方に日当を支払ったら運動員買収、自転車に乗って投票の呼びかけをしている若者が未成年だったら未成年者使用で逮捕、などという事件を見ると、警察はなんでこんな細かいことを事件にするのか、と不思議に思う。

巨悪を見逃し、雑魚の摘発件数を上げることで如何にも仕事をしています、と装う。


候補者を逮捕するときは、与野党のバランスを取る。

一つの捜査本部で与党一人、野党一人、といったように狙いをつける。


落選陣営に対する捜査は、一般に厳しい。

なにしろ選挙違反の認知は警察の専権だから、ここぞと警察が張り切るときは選挙違反が増える。

実態は余り変わりがないのに。


警察の中で成績主義が蔓延っているせいでもある。

選挙違反の摘発や政治家の逮捕は、警察の中で高い成績評価に繋がるようだ。

出世競争の権化のような人が幹部に座っていたときの捜査は、特に厳しい。


さて、今回はどうだろうか。

悪質な事案は、投開票日に一斉摘発。

1週間後には、買収供応事案の摘発。

2週間後には、これに準じる事案の摘発。

内偵捜査の継続が必要な、難しい事件の摘発は大体1ヵ月後。

内部告発、匿名の文書による重大な選挙違反の密告その他様々な端緒を手がかりに、これぞというターゲットを絞って捜査を続ける。


いつ捜査本部が解散するか、で選挙違反の捜査の状況が分かる。

3ヵ月後か半年後、というのが相場か。

激しい選挙戦を戦った陣営が対象である。


私の陣営は基本的にはお金を使わないということで警察筋には有名なはずだ。

誰も事故を起こさず、捜査の対象にもならない。

だからダメなんだ、という声もあろうが、事件や事故を起こさないことだけは、私が終始願っていたことだ。

現在の公職選挙法は、厳密に解釈すると殆ど有効な選挙運動が出来ないようになっている。

民主党政権では、有識者を交えて、速やかに公職選挙法の改正に取り組むべきであると思うが如何か。

素人の選挙運動

2009-09-11 08:54:08 テーマ:選挙

やはり、という事態になった。

〇〇党の候補者だった人が運動員買収容疑で逮捕されたというニュースをインターネットで知った。


この人たちはずいぶん危ないことをやっているな、そういう印象だった。

私の政党ポスターが貼ってある脇に何枚も〇〇党のポスターを貼っていく。

手当たり次第、という感じだった。


自民党の支持者はもともと事を荒立てることは嫌いな人が多い。

勝手に貼られたポスターでも自分で破り捨てる人は少ない。

選挙のポスターを勝手に剥がすといけないらしい、そんな感覚で、黙ってしまうようだ。


ある駐車場のところなど、〇〇党の駐車場になったか、と見間違うほどのひどさだった。

10数枚のポスターが貼り巡らされている。


昨年所有者の方が亡くなって、相続された土地だ。

所有者に無断で貼られたことは明らかだ。


誰の土地か一見分からないところの壁面にポスターが貼られている。

多分所有者の承諾なしだろう、と思うが確認のしようがない。

公職選挙法のことなど念頭にないらしい。

運動員買収などの違反も、その延長上の出来事だろう。


おっとり刀で立候補したりすると、とんでもない羽目に陥ることがある。

このくらい大丈夫だろう、などと普通の市民感覚で判断していると大きな間違いを犯す。

何事にも先達はあらまほしかな。


選挙期間中に演説している私の乗っていた組み立て式のケースを蹴飛ばした酔っ払いの人が、選挙妨害で現行犯逮捕された。

如何に選挙関係の違反が厳しいか、よく知っておく必要がある。

あれからずっと勾留中だというから、如何に厳しいか。


まあ、それだけ選挙の公正と候補者の安全が法によって護られている、という証拠であるが。

これも選挙違反

2009-09-11 15:36:29 テーマ:選挙

こんなことが選挙違反になるの。

そう思うようなことが沢山ある。


お葬式の香典は、実は出してはいけない。

結婚式のお祝いも選挙区内の有権者の場合は、厳密にはいけないとのこと。

社会慣習に反するようなことが公職選挙法には沢山載っている。


公職選挙法は議員立法である。

国会議員が自分達の首を絞めるようなことを平気で書いている。

自分達の分かりやすいことだけ念頭に置いているから、一旦成立した法律がどんな読まれ方をするか、までなかなか気が回らない。


選挙違反取締本部を設置し、選挙違反の取締りをする警察官は出来上がった法律の条文を出来るだけ上手に活用して取締りの成果を挙げようとする。

法の趣旨を正しく理解して、適正に運用してくれればいいのだが、警察はしばしば拡大解釈に走りがちである。


これをチェックする仕組みがない。

捜査方法、取調べ方法についてはかなり改善されてきているとは思うが、警察官の法の解釈、適用をどうやってチェックするか、という観点からの検討はまだ行なわれていない。


祭りの際の花がけ、がしばしば問題になる。

勿論、祭りの際の寄付は求めてもいけないし、してもいけないのだが、地域の有力者の皆さんの常識とは異なっている。

なんだケチ、ただ酒を飲みにきて、などと、私どもを胡散臭く思っておられる人もおられたかも知れない。

人様から嫌がられるのは皆嫌だから、ついお酒を持っていったり、会費としてお祝いを出したりする。


一升瓶に自分の顔写真つき名刺を付けて出す人もいた。

皆、違反である。

皆、違反を承知でやっているところがある。

時々、これが摘発される。


地方議員で、議員辞職をして逮捕や起訴を免れた、などというケースなどを聞くと、怖くなる。


祭りのときにかけられている花の写真を取っている人がいる。

実は、これが怖い。

これが選挙違反の証拠を集めている証拠である。


へー。


鈍感な人は、こうしたことが分からない。

こうした環境の中で選挙が行われている。

大変な世界ではある。

政治活動のためのビラ配りで住居侵入罪は行き過ぎ

2009-09-30 17:00:14 テーマ:選挙

現行法の解釈として、マンションの中に入ってビラをポストに投げ込んだことが住居侵入罪に該当すると言われれば、確かにそのとおりだろう。


しかし、政治活動の自由をそこまで制約すべきなのだろうか。

刑法の構成要件を杓子定規に当て嵌めると、こんなことになる。

しかし、私はここまで規制することには反対である。


警察や検察、そして裁判所は、現行法の解釈として住居侵入罪の成立を認めた。

そういう広い構成要件になっているから止むを得ないところではある。

しかし、それほどの実害が無いのにビラ配りで逮捕したり、起訴する、ということの妥当性に疑問がある。

すべてのビラ配りを住居侵入で立件しているわけではないから、そこには捜査当局の恣意性が入ってくる。

検察当局もよほどの事件でなければ勾留請求したり起訴するわけではないだろうから、法の適用についての恣意性は排除できない。


まさしく、このような事案を解決するために、立法府が立ち上がるべきである。

法の解釈で法の執行の妥当性を確保しようとするのではなく、法そのものを変える、という努力をすべきである。


これまでは、立法の不備を行政や司法が補おうとしてきた。

これからは、立法府が適時適切に本来の立法府としての役割を果たすべきである。

選挙を戦うにはこんな人材が必要

2009-10-02 09:35:05 テーマ:選挙

素人の人は、良く間違えるのでお伝えしたい。


選挙管理委員会のOBを雇えば間違いない、と思ってスタッフに加えることがある。

しかし、実際には役立たない。

経理一つでも戸惑うことが多い。

正解がない世界が、政界。


そう割り切って、なるべく危険が無い道を選んでいる。

選挙管理委員会や総務省にお伺いすれば、大抵は違反の虞があります、との答えになる。

大丈夫ですよ、と答えて、万一警察の摘発対象にでもなったら答えた担当者の責任が追及される。

だから、皆慎重になる。


選挙の神様は、自分の経験で、どこまでは許されるか、どこまでやると警察から摘発されるか、何をすれば選挙に有利か、何をすれば逆に選挙に不利かを、総合的に知っている人。

選挙管理委員会のOBは、絶対に選挙の神様にはなれない。


選挙が終了したその日に、大事な書類がシュレッダーにかけられる、などというのは、万一選挙違反の嫌疑をかけられたときに備えての対処法。

候補者本人としてはそこまでする必要はないと思うが、候補者本人は大体は何も知らない。

すべてお任せ、ということになる。


素人の人は、自分で何でもかんでもやろうとする。

本で読んだ知識は殆ど役に立たないのに、書いてあることを真に受けて何かやろうとする。

大抵は、後で大変な失敗をしたことに気が付く。

後の祭りである。


候補者本人に成り代わってあらゆるリスクを引き受けるのが、選挙を仕切る人の役割。

そういうスタッフを確保できないまま選挙戦を戦わざるを得ない人は、大変な苦労をする。


私はこうして耐えることを学んできたー選挙の実相

2009-11-27 08:25:30 テーマ:選挙

「あまり票取られると困るんだよな。」


私が初めて衆議院選挙に立候補した時に、私の選対の幹部がエレベータか何かの中で自分の周りにいた人に囁いた、と言われる一言である。

小選挙区制になって最初の衆議院選挙であった。

地元の市長や県議の間で自民党の候補者を選ぶための会議を延々と繰り広げてきたが、誰も手を上げない、上げられない状態の中で地元の政治には縁のない私に白羽の矢が立った。


弁護士の世界ではそれなりに仕事をしてきたので、中央では知る人ぞ知る、という存在だったと思うが、地元ではまったくの無名の人間。

そういう素人に白羽の矢が立つのは、当時自民党で選挙を戦うのはどう考えても無理、という状態だったからだ。

仮に自分から名乗りを上げようとしても必ず足を引っ張る人が出てくるから、何度会議を開いても重苦しい沈黙が続くだけ。

如何に難しい選挙であるかは、その場の雰囲気ですぐ分かる。


そういう環境の中で、私は自民党の公認候補に選ばれた。

私を選んだ会議の座長がしばらく経ってから、冒頭の言を側近に発したという。


これが自分で厳しい選挙を戦ってきた人たちの本音なんだろう。

私は、この話を耳にしたときに選挙についてのあらゆる幻想を捨てた。

自分で自分の道を歩むしかない。

いいことも悪いことも、全て自分の責任で自分がかぶる。


他人の不幸せは自分の幸せ。

選挙にはそういう一面がある。

そういう世界に、私は足掛け15年いた。


少々のことでは、へこたれない。

挨拶がない

2010-01-18 07:05:07 テーマ:選挙

これも業界用語だろう。


あそこに挨拶に行ったか。

まだ俺のところには挨拶に来ない。

挨拶に来ないと言っているよ。


はじめて立候補するときに何度かそういう言葉を耳にした。


あ、先日ご挨拶にお伺いしました。

これまで3回挨拶に伺っておりますが。


挨拶の意味が違うのである。

古い慣習に囚われて地域では、挨拶に行くというのは、何らかの手土産を持っていくこと。

挨拶がない、というのは手ぶらで来たということ。


そういう風土の中で、ベテランの保守政治家は育ってきた。

うちにはまだ挨拶がない。

怒声でそういうことを言う秘書が何を要求していることは明らか。


私は、そういう文化を、革めたかった。


私が人気がないのも、そういう類の挨拶をしないことにしたから。

14年間も頑張り抜いたから、私の地元では私にそういう挨拶を期待する人はいない。

私がしてきたのは、毎朝の駅頭での朝の挨拶だけ。


おはようございます。


怪訝な顔をする人もいたが、おはようございます、は、いい挨拶だ。


公募に応じるなら参議院候補か補欠選挙候補

2010-02-08 09:52:13 テーマ:選挙

これはチャンス、と思っておられる方々が多いと思う。

しかし、公募候補者がどういう人生を辿るか、ということを知らされないままこの世界に踏み込んでしまうと、後悔することの方が大きい。

まず10年間、地を這うような、土を舐めるような努力が必要である。

辛酸を舐める、という言葉があるが、正しい。

これを乗り越えた人は、力のある政治家になる可能性がある。


しかし、知名度のある有名人や有力政治家の2世、3世には、それでも敵わないかも知れない。

公募候補者は、候補者に選ばれてしまったら、後は自分で道を開いていかなければならない。

二階に上げて梯子を外す、というのではなく、小船に乗せて、さあ後は自分で漕いで行ってください、という感じだ。


全国で注目されている選挙区の補欠選挙の場合は、かなり様子が違う。

あらゆるマスコミが注目しているから、メディアを通じて候補者の人と形が世間に喧伝される。

無名の人間が一挙に有名人の一人になることも可能だ。

一種の総力戦になるから党本部からの資金投入も潤沢に行われる。


こういう候補者公募を経験した人は、いつでも同じように行われていると錯覚するだろうが、そんなことは不可能。

一般の候補者公募は、候補者本人の努力にすべてかかっている、と思った方がいい。

よほどの資金的な裏付け、組織的なバックアップがないと候補者公募に応じても先がない。

いい資質の持ち主だということが分かっても、それだけでは最終選考には残らない。

これが現実の姿である。


労働組合の選挙活動

2010-02-16 21:07:59 テーマ:選挙

選挙運動のプロがいる。


選挙前のポスター掲示やビラの投函などはお手の物。

目抜き通りのこれぞという場所にポスターを貼り出す。

え、こんなところに、と驚くが、如何にも選挙のプロらしい仕事ぶり。

土地の所有者に断ったのか断っていないのかよく分からないが、あっという間にポスターを貼り出して行く。


貼った後苦情が来れば剥がしに行く。

しかし、地元の方は選挙のポスターは勝手に剥がすといけないものだと思っているらしく、そのままにしておくことが多い。


一度ポスターを貼り出して苦情が来ないと、もう既得権。

その場所に次から次へと新しいポスターを貼り付ける。

数日間で選挙区全体で新しいポスターが貼り巡らされる。


こういう選挙のプロは、労働組合の専従が多い。

あちこちで選挙の手伝いをやっているから、要領がいい。

ごく短時間で仕事を仕上げて他所へ行ってしまうので、足が付かない。

選挙を戦う身からすると、こういう人材に恵まれている陣営は、実に羨ましい。


自民党では秘書軍団が充実しているところは多少それに似た動きが出来るのかも知れないが、大体は地元の名士の方々が主力だから、こういう機動力は発揮できない。


いやはや。


しかし、労働組合がこんな風に選挙活動をやっていいのか、という声は以前から上がっていた。

労働組合を政治団体化しているではないか。

組合費を政治活動に流用しているぞ。

選挙のたびにカンパを集め、さらには人まで出しているのは」おかしくないか。

労働組合費の天引きを認め、様々な法的保護を与えている労働組合にこんな違法な選挙活動を許しておいていいのか、という声が何度も上がっていた。


これまで捜査の手が及ばなかった労働組合の選挙活動に、ようやく司直の手が伸びた。

北海道教職員組合が民主党の小林千代美議員に1600万円の闇献金をしていた、という事件が明るみに出たのである。

これまで噂に止まっていた労働組合の選挙活動の実態が、ようやく明るみに出始めた。

それにしても、労働組合でも裏金があったのには、びっくりだ。

山梨県教組といい、北海道教組といい、やりたい放題だったようだ。

民主党の政権になってからこういう事件が明るみに出てきたのは皮肉だが、捜査がここまで進展していればいくらなんでも揉み消す、などということは出来ないだろう。

この際、労働組合の政治活動や選挙運動のあり方、労働組合の政治献金のあり方などについて徹底的に議論をし、政治の浄化運動をやってもらいたい。

これは、民主党だからこそ出来る仕事である。

負ける選挙を戦う候補者の方々へ

2010-06-14 09:34:00 テーマ:選挙

皆、覚悟をしているはずだ。


候補者には気の毒だが、投票まで1ヶ月を切ってしまった現在、天変地異の事態が起きない限り国民の投票行動は変えようがない。


〇〇党が参議院選挙で過半数の議席を獲得する。

おそらく各党でもそれぞれ世論調査をしているだろうから、それぞれの幹部は覚悟を決めているはずだ。


気の毒なのは、勝利が覚束ない候補者の陣営。

マスコミの世論調査の結果が公表されるたびに陣営の士気が損なわれ、選挙態勢もガタガタに緩んでくる。


おざなりの選挙戦。

表面上の形だけ整えた選挙戦にならざるを得ない。

一応、戦いました、ということになる。


組織に乗った選挙は、負け戦の時には実に辛い。

いざと言うときに責任を負わないで済むように、半身で選挙に臨んでいる人が多くなる。

候補者本人は十分事態が分かっているが、何も言ってはいけない。

ただ黙然と当面の行動スケジュールをこなしていくだけ。


ただ一人荒野を行く、ような心境でやり抜くしかない。

とにかく、劣勢を伝えられるだけで有力な支持団体や市会議員らの有力者がごそっ、ごそっと陣営から抜けていく様子をじっと耐えて見ていなければならないのだから、負ける選挙を戦う候補者は修行僧のようなものである。


これで何らの悟りも得られないのだとしたら、その候補者は余程の俗人か、人並みはずれた図太い神経の持ち主、ということになろう。


私は4度も国政選挙に落選しているから、選挙の喜怒哀楽は人よりもよく分かっているつもりだ。

しかし、余程純情な人でない限り、選挙での敗北は必ずしも人生の失敗にはならない。

選挙違反を犯したり、多額の借金を作らなければいい。


負ける選挙でも、私がいつも口にしていたことは、楽しく選挙しよう、だった。

怪我人を出さないことと、借金をしないことだけを念頭に、精一杯自分の主張を有権者に訴える。

当選落選は二の次で、とにかく自分らしい生き方を最後まで貫く、そうやって15年近く走ってきた。

これからも、同じ姿勢で走っていこうと思っている。

皆さん、よろしく。

幸い、今回の参議院選挙には立候補しないから、落選だけはしない。

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