選挙の教室は、選挙を変え、日本の政治を変えていくための勉強の場です。選挙に関する様々な情報を収集し、これからの選挙はどうあるべきかを皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
なお、このブログには、「早川忠孝の一念発起・日々新たなりー通称早川学校」掲載記事の外、選挙記者による投稿記事等を掲載しております。
☆早川忠孝のプロフィール
元東京弁護士会副会長、元衆議院議員。昭和44年自治省に勤務、富山県庁に出向して富山県選挙管理委員会書記等を経験。新しい選挙制度研究会代表。
連絡先:〒102-0093東京都千代田区平河町1-7-10平河町Sビル3階太陽コスモ法律事務所E-mail:tadataka-h@live.jp

新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(8)-候補者は重い荷車を引くようなもの

2011-01-18 08:42:00 テーマ:選挙

この道には近道はない。

出来るだけ平坦な道を選んで歩むことが大事だ。

遠回りしてもいいから、大道を歩むことだ。


私はもともと車が運転できないから、歩くのは苦にならないが、普段車に乗り付けている人にとってはちょっと苦しいかも知れない。

しかし、それでも、さっと一直線に自家用車で目的地に乗り付けるようなことは考えないことだ。


大八車などご存じないだろうが、車は車でも精々が荷車だ。

しかも自分が荷車に乗るのではなく、自分がその荷車を引いていくのだ。

腰が高すぎると自分が浮いてしまう。

腰をグッと落として、腹に力を入れてしかも前傾姿勢を取らないと、到底前には進めない。

一歩一歩踏みしめていく感じである。


そもそも重い荷物を載せているのだから、重い。

重いが、しかし動き始めたら動く。

最初の一歩が踏み出せたら、それでよい。

最初の一歩だけは、どうしても自分の渾身の力を振るって踏み出さなければならない。

そのくらいの力はある、と皆が認めたから候補者に選ばれたのだから。

新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(7)-酒には呑まれない

2011-01-17 20:13:38 テーマ:選挙

お酒を呑むと、頭が悪くなる。

そう思っておいた方がいい。

頭が悪くなるから、お酒を呑まないことにしている、などとは決して言ってはいけないが、自分の心の中でそう呪文を唱えておけばいい。


お酒が出る席は多いだろうが、お酒を呑む時間はないはずだ。

自分でお酒は呑まない。

呑まないったら、最後まで一滴も呑まない。

思い切って、呑めなくなることだ。


その代わり人に注いで回る。

どんどん注いで回る。

回り始めたら最後まで回る。

くるくるくるくる、駒のように回る。


絶対に酒に呑まれては駄目だ。

人を酔わしても自分は酔ってはならない。

もう十分夢を見ているのだから、それ以上お酒で酔う必要はないではないか。

すべてが仕上がったところで、家族とひっそり祝杯を上げればいい。
それまでは呑む暇はない。

もう一度言う。

絶対に酒に呑まれてはならない。

他人は酒に呑まれてしまうような人を忘れてはくれないものだ。

新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(6)-家族を巻き込まない

2011-01-17 18:56:29 テーマ:選挙

立候補するのは貴方であり、貴方の家族ではない。

家族の協力なくして立候補などあり得ないが、選挙に家族を巻き込むことはしてはならない。


実は、これは不可能な呪文である。

どんなに家族を巻き込むな、と唱えても巻き込むようになるもの。

独身ならともかく、家族がいればどうしても家族が中に入らないと上手く回らない。

そういうものである。


しかし、家族を中に入れると潤滑油にもなるが、ブレーキにもなる。

実際はブレーキになることが多く、ブレーキが働いて傷つくのは家族である。


家族は巻き込んではならない。

選挙を知らない人が長年選挙をやった人たちと同じように動けるはずがない。

家族が中に入ると、周りの人は候補者に言うべきことをすべて家族に言うようになる。

候補者本人にはとても面と向かって言えないようなことも、家族には遠慮会釈なく言う。


これが辛い。

色々な注文や苦情がどっと家族に押し寄せてきたら、大抵の家族は潰れてしまう。

家族はそっと脇にいるだけでよい。

家族が表に出て選挙を仕切るようになったら、大抵はそこで誰かがはじける。


家族が何でも仕切るようになるのが一番危ない。

誰も本当のことを教えてくれなくなる。

家族は最初から選挙には関わりがないもの、としておけば、傷つく度合いは格段に減る。


それでも家族が傷つくことを完全に防ぐことは難しい。

選挙に出るのなら離婚します、というしばしば聞く言葉は、本当である。

本当に離婚している人たちがいる。


小泉元総理もその一人である。

家族は人一倍大事にしなければならない。

そういう難しい条件を乗り越えて議席を獲得できた人は、間違いなくひとかどの人物である。

新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(5)-怪我も弁当も自分持ち

2011-01-17 16:19:50 テーマ:選挙

公募で選ばれた候補者だろうと、周りから推薦されて担ぎ上げられた候補者であろうと、候補者になればみんな同じである。

そのことをよく知っておいた方がいい。


候補者になった時点から戦いが始まっている。

誰かが何かをやってくれることはない。

全部自分で始めなければならない。


大事なことがある。

怪我と弁当は自分持ち、ということだ。

自分の食べるものは、自分で用意しなければならない。

大食いの人はそれなりに、少食の人もそれなりに自分で用意する。


誰かを当てにしてはいけない。

当てにしていると、食べ損ねて存分な働きが出来なくなる。

肝心のときに兵糧が不足している、というのではみんなが困る。

弁当は自分で用意するものである。


くれぐれも事故に遭わないようにしていただきたい。

まず、誰も助けてはくれない。

事故に遭うのが悪い、くらいの感覚でいるのがいい。


天は自ら助くる者を助く。

古来、そう言い習わしてきている。


何をどれだけやったらいいのか分からない世界に飛び込むのだ。

本当のことを教えてくれる人を出来るだけ早く見つけることである。

運がいい人は、危ない目に遭わないでいい結果を出すことが出来る。


Good luck!

新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(4)-3分間スピーチ

2011-01-17 14:36:34 テーマ:選挙

予備選挙を経て選ばれた方なら心配ないと思うが、単なる書類審査や面接の結果で選ばれた方の場合は、特に演説の仕方を練習される必要がある。


どこの会場に行っても挨拶が求められる。

沢山言いたいことがある方は、話し始めたら止まらなくなることがある。

あれも言いたい、これも言いたい。話すことが大事な仕事のように錯覚してしまう。


むしろこういう人は、話をしないことを目標にしたらいい。

何か他人様とは違ったところがある、くらいな印象を残せば十分である。


何も話すことがない人は、どうするか。

さっさと選挙の場から離れることである。


さて、話をする場合は、3分間で大事な話をすることを心がけられたらいい。

そのためには、話す内容は3点だけに限定すること。

中味のない話でも、大きな声で話せば元気がいいと思われる。

大きな声で話すためには、しっかり息を吸い込んでゆっくり話すことが必要になる。


もっとも3分間で大事な話を立て板に水のような調子で喋る、という独特の技が求められることもあるので、まあ緩急自在に話が出来るように練習されることだ。

3分間スピーチは、選挙の候補者でなくとも役に立つ。


官房長官に就任した〇〇氏は、3分間スピーチの天才だろうと思う。

中味は今一のところがあるが、あの切り返しのスピードの速さは並大抵のものではない。


もっとも、新しく公募で候補者に選ばれた方にはああいうタイプの3分間スピーチはお勧めしない。

念のため。

新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(3)-公募するにはそれなりの理由がある

2011-01-17 11:14:04 テーマ:選挙

公募によって選ばれた、ということは、選挙関係者から見て一定の資質があると認められたということだから、そのこと自体誇りにしてよいことである。


しかし、公募で選ばれたからそれでよし、という訳にはいかない。

それこそ現職の国会議員が刑事事件で逮捕され失職したとか、急逝して後継者が見つからない、などという特別の事情がない限り、公募によって選ばれた候補者の前に広がるのは茨の道である。

皆から担ぎ出されて候補者になる人よりも、条件は厳しい。

すべて自分の力で道を切り開いていかなければならない。


選んだ人たちが何か役に立つかと言えば、大抵は役に立たない。

選んだ瞬間に、それでお仕舞いだ。

選ぶことは選ぶが、選んだ後の結果までは責任を負わない。


これが、現在の公募の実態である。


今から公募で候補者を選ぶ選挙区は、8割方は当選が難しい選挙区だということを覚悟しておいた方がいい。

いや、極端なことを言えば、当選することが殆ど不可能だからあえて公募した、と言った方がいい。

当選できるのであれば、市長や県会議員や市会議員の中の元気のいい人が既に名乗りを上げていたはずだから、今の段階での公募に応募するのには大変な勇気がいる。


それでもいいのだ、と思わなければならない。

戦うことに意義を見出す。

挑戦することに意義を見出す。

大義に殉じる、という趣の覚悟が必要である。


こういうことが分かって、なお名乗りを上げる人は武士(サムライ)である。

私は、そういう向こう見ずなサムライが好きだ。

新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(2)ー車から降りる

2011-01-17 07:11:20 テーマ:選挙

若い方々はご自分で運転されるのだろうが、これからは自分で運転することはなるべく避けた方がいい。

睡眠時間をどんどん切り詰めて、自分の体力の極限まで酷使する生活が始まる。

必ず眠気が襲ってくる。

交通事故など起こしたら、その時点で政治活動からリタイアしなければならなくなる。


各種の会合に出て挨拶をさせてもらう機会が増えるはずだ。

アルコールを上手に断わる方法を身に付けておかなければならない。

万一飲酒運転の嫌疑でもかけられ、マスコミに嗅ぎ付けられたらそこで政治生命が絶たれる。


公職の候補者に擬せられなければなんでもなかったことが、一旦選挙に出るということになったら命取りになることが沢山ある。


私は、議員会館で自分の車を使うときは、当然後部座席に座っていた。

しかし、地元に帰って地元の車を使うときは運転席の脇の助手席に座っていた。

お葬式のお通夜や告別式、公的な会合に来賓として出席するときなどは自分の姿かたちを革める、という趣旨で黒塗りの大きな車で出席したが、普段は小さな白い車の助手席が私の指定席であった。


すべて意味があることである。


しかし、最初の選挙の頃はそのことの大事さが良く分からなかった。

私は、第一線の弁護士としてそれなりの事務所を張って様々な事件に取り組んできたから、ある意味で周りの人を弾き飛ばしかねないエネルギーをあたり一面に発散していたのではないかと思う。

それこそ暴力団とか右翼と言われる人たちや過激な左翼的労働組合の人とも真正面から力比べするような生活も経験してきたから、鼻っ柱が強かったことは間違いない。


手を後ろに回して、胸を張って挨拶をしてしまう。

私の最初のポスターの写真は、まるで現役のプロレスラーのようだった。

地元の候補者選びの会場で挨拶するように依頼されて会場に駆けつけたときに私が着用していたのが、当時大事な会合に出席するときに着ることにしていたダブルの背広だった。


おやおやおや。

多分、地元の皆さんは違和感をもたれただろうと思う。


何か違う。

これから選挙に出ようとする人の雰囲気ではない、ということだろう。


これからは、車を降りて自転車で回ることだ。

目的地に向けて一目散で急ぐ必要はない。

遠回りしてもよい。


すべてが新しいことばかり。

新しい世界に足を踏み出したという喜びを噛み締めながら、初めて通る道を存分に楽しむことだ。

体力のある人は、自分の足でどんどん歩け。

車から降りる、というだけで世の中の様子が違って見えてくるはずだ。

補論 新しく公募で候補者に選ばれた方々へ(1)

2011-01-16 10:40:45 テーマ:選挙

私は、党派を超えて、これから国政や地方選挙に挑戦されようとしている意欲ある方々にとって、ある意味での守り神になりうる素質があるのではないかと思っている。


現職の弁護士で、4回もの落選経験のある自民党の元国会議員は私しかいない。

しかも公職選挙法や政治資金規正法の改正作業のみならず、かつては自治省、富山県庁の職員として選挙管理事務にも従事したことがある。

司法、立法、行政の3分野の表舞台で仕事をしてきたことに止まらず、選挙という生臭い政治の裏舞台の第一線でも15年近く生き抜いてきたのだから、これから各級の選挙に挑戦しようとする人は一度は私の門を叩かれたらいい。

特にこれまで選挙というものに携わったことのない方々は、まず私のところに来られた方がいい。


選挙の世界では、まず常識が通用しない。

自分の常識を選挙の世界の常識に合わせるか、それとも選挙の世界の常識を自分の常識に合わせるか。

その戦いを経験しなければならない。

自分の常識を選挙の世界に常識に変える戦いに勝利した人は、いない。


そういうことを知っておいて戦いに臨めば、少なくとも選挙に失望することはなくなる。

当面どこの政党から名乗りを上げられるにしても、高い志を持っておられる有為な方々に対しては、党派を超えて応援してまいりたいと思っている。


先日、県会議員選挙に立候補するという決意を固められた市会議員の方が自宅に挨拶にこられた。

自民党の選挙区支部長であった私を長年親身になって応援くださった方である。

私が次の衆議院選挙でみんなの党から立候補するという噂になっているので、挨拶に来るのを躊躇されていたとのことだったが、よくぞ決意されたと思う。

無所属での戦いはきついだろうが、今は自民党とか民主党のブランドで戦う時代ではなくなってきている。


新しい時代。大きな和を作ろう。

これが、私のメッセージである。


選挙は人生の修行/選挙を楽しむ

2007-04-02 18:36:53 テーマ:選挙
選挙戦の真っ最中である。

熾烈な戦いを展開しているところ、選挙の帰趨が明らかで、陣営に弛みが見られるところ、など様々である。

しかし、今回の選挙の投票率は低そうだ。

選挙は人の営みの中で、もっとも端的に人の本音をさらけ出す。

私の拙い経験であるが、選対の幹部が、秘書を80人くらい動員しなければ選挙にならない、などとぶち上げたことがある。

どこにそんな要員がいるのか、どこからその経費を捻出するのか、などはお構いなし。

要は、選挙は自分でやれ、というメッセージである。


選対の最も重要なポジションにいる幹部が、選対会議の後、対立候補の事務所に顔を出している、という話を聞いたこともある。

仕方なく選対に入っているが、本当は対立候補の応援をしているということである。

こんな状況の中で多くの選挙戦は戦われている。

私はこれまで5回国政選挙を戦ってきたが、私に面と向かって、一番辛らつな話をしてくれた議員が懐かしい。


お前には何の義理も無い。兄弟でも友人でもない。お前には何の世話にもなっていないし、世話になるつもりもない。
その人は面と向かって私にそう話した。

まさか自民党の公認候補になる者にそんな乱暴なものの言い方をする人はいないだろと思われるだろうが、本当の話である。

本音で話してくれたのだと思う。


候補者は金が無い。金の無い候補者を応援するからには、一人当たり300万円くらい出さなければならない。そのくらいの覚悟はあるのか、と叫び、会議に参加していた皆がシュントした、という話も聞いた。

当時相手は上昇気流に乗っている現職。自民党のブランドは通用しそうにない。

市長や議員はそんな負け戦に名乗りを上げようとしない。

そんな負け戦に、なぜずぶの素人の候補者を担ぎ出すんだ。

俺は、そんな選挙はやりたくない。


真意は分からないが、今となってそうだったのではないかと思える節がある。

選挙とはどういうものかを端的に知ることができた。様々な裏話も率直に語ってくれた。

その後何度も選挙を経験してきたが、選挙で垣間見る様々な人間模様やその時々の選挙結果に一喜一憂せずに今日まで大道を歩んでこれているのは、このときの経験があるからである。


選挙はまさにこれからが本番。

候補者はそれぞれに苦しいはず。

しかし、選挙戦を全力で闘いきったときは、爽やかな達成感に満たされる。

選挙は怖い。しかし、選挙は沢山のことを教えてくれる。

選挙は人生そのもの。

苦しみを楽しみに変えることが成功への秘訣である。

不可能を可能にすることは出来ないが、難しいことを易しくすることは出来る

2009-01-12 09:01:26 テーマ:選挙

駅頭を終えての街宣車の中での会話。


選挙のための活動は無限だ。

やらなければならないことは無限にある。

しかし、やらなくても特に変わりがないから、やらなくても同じ。


こういう時が、実は一番難しい。

やってもやらなくても同じなら、やらない。

こうなってしまう。


目標がなければ、人間はいい加減になってしまう。

そういうものだ。


はっと気が付いた。

不可能を可能にすることは出来ないが、難しいことを可能にすることは出来る。

難しいことを難しい、と言っていたのでは、何も変わらない。


難しいことを易しくする方法がある。

これは、忘れないうちにすぐブログに書いておいたほうがいい。

そう思ってデニーズでの朝食を終えてパソコンに向かっている。


難しいことを易しくする方法。

難しい課題を細かく切り分け、これ位ならこなせそうだ、という程度の具体的目標を毎日設定し、その目標の達成に向けて努力すること。


かつて司法試験を受けるときの私の勉強法がこれだった。

分厚い基本書を読む。

いっぺんに読もうとしても、とてもとっつきにくく、途中で投げ出してしまう。

1日50ページだけ読む。

1000ページの基本書なら20日間、2000ページなら40日間、倦まず弛まず読み進む。

分からないところは、何度も読み返しながら少しずつ読み進む。

こんな風にして我妻栄を読んだ。


人によっては、2回、3回と繰り返し基本書を読むようだが、私は1回半。

丁寧に1回読んで、もう一度さらっと読み返すぐらいしか出来なかった。


不可能を可能にする、とは言うものの、本当に不可能なことを可能にすることは出来ない。

しかし、難しいことを易しくする方法はある、ということに気が付いた。

街中に張り巡らしているポスターを一日あたり数枚増やしていく。

これが現時点での事務所スタッフの目標である。

相手方陣営もどんどんポスターの数を増やしているので、選挙の結果を左右するようなことではないが、少なくとも何の目標もないよりは生産的で、かつスタッフの健康に良い。


ははは。

選挙違反の捜査

2009-09-07 09:10:19 テーマ:選挙

政治に携わるものにとって一番懸念しなければならないのが、選挙違反である。


これはどうか、というような事件もある。

現在は組織的買収や大型買収事件など考えられないが、運動員買収や未成年者使用などで逮捕、起訴されるケースがある。


電話かけを頼んだ主婦の方に日当を支払ったら運動員買収、自転車に乗って投票の呼びかけをしている若者が未成年だったら未成年者使用で逮捕、などという事件を見ると、警察はなんでこんな細かいことを事件にするのか、と不思議に思う。

巨悪を見逃し、雑魚の摘発件数を上げることで如何にも仕事をしています、と装う。


候補者を逮捕するときは、与野党のバランスを取る。

一つの捜査本部で与党一人、野党一人、といったように狙いをつける。


落選陣営に対する捜査は、一般に厳しい。

なにしろ選挙違反の認知は警察の専権だから、ここぞと警察が張り切るときは選挙違反が増える。

実態は余り変わりがないのに。


警察の中で成績主義が蔓延っているせいでもある。

選挙違反の摘発や政治家の逮捕は、警察の中で高い成績評価に繋がるようだ。

出世競争の権化のような人が幹部に座っていたときの捜査は、特に厳しい。


さて、今回はどうだろうか。

悪質な事案は、投開票日に一斉摘発。

1週間後には、買収供応事案の摘発。

2週間後には、これに準じる事案の摘発。

内偵捜査の継続が必要な、難しい事件の摘発は大体1ヵ月後。

内部告発、匿名の文書による重大な選挙違反の密告その他様々な端緒を手がかりに、これぞというターゲットを絞って捜査を続ける。


いつ捜査本部が解散するか、で選挙違反の捜査の状況が分かる。

3ヵ月後か半年後、というのが相場か。

激しい選挙戦を戦った陣営が対象である。


私の陣営は基本的にはお金を使わないということで警察筋には有名なはずだ。

誰も事故を起こさず、捜査の対象にもならない。

だからダメなんだ、という声もあろうが、事件や事故を起こさないことだけは、私が終始願っていたことだ。

現在の公職選挙法は、厳密に解釈すると殆ど有効な選挙運動が出来ないようになっている。

民主党政権では、有識者を交えて、速やかに公職選挙法の改正に取り組むべきであると思うが如何か。

素人の選挙運動

2009-09-11 08:54:08 テーマ:選挙

やはり、という事態になった。

〇〇党の候補者だった人が運動員買収容疑で逮捕されたというニュースをインターネットで知った。


この人たちはずいぶん危ないことをやっているな、そういう印象だった。

私の政党ポスターが貼ってある脇に何枚も〇〇党のポスターを貼っていく。

手当たり次第、という感じだった。


自民党の支持者はもともと事を荒立てることは嫌いな人が多い。

勝手に貼られたポスターでも自分で破り捨てる人は少ない。

選挙のポスターを勝手に剥がすといけないらしい、そんな感覚で、黙ってしまうようだ。


ある駐車場のところなど、〇〇党の駐車場になったか、と見間違うほどのひどさだった。

10数枚のポスターが貼り巡らされている。


昨年所有者の方が亡くなって、相続された土地だ。

所有者に無断で貼られたことは明らかだ。


誰の土地か一見分からないところの壁面にポスターが貼られている。

多分所有者の承諾なしだろう、と思うが確認のしようがない。

公職選挙法のことなど念頭にないらしい。

運動員買収などの違反も、その延長上の出来事だろう。


おっとり刀で立候補したりすると、とんでもない羽目に陥ることがある。

このくらい大丈夫だろう、などと普通の市民感覚で判断していると大きな間違いを犯す。

何事にも先達はあらまほしかな。


選挙期間中に演説している私の乗っていた組み立て式のケースを蹴飛ばした酔っ払いの人が、選挙妨害で現行犯逮捕された。

如何に選挙関係の違反が厳しいか、よく知っておく必要がある。

あれからずっと勾留中だというから、如何に厳しいか。


まあ、それだけ選挙の公正と候補者の安全が法によって護られている、という証拠であるが。

これも選挙違反

2009-09-11 15:36:29 テーマ:選挙

こんなことが選挙違反になるの。

そう思うようなことが沢山ある。


お葬式の香典は、実は出してはいけない。

結婚式のお祝いも選挙区内の有権者の場合は、厳密にはいけないとのこと。

社会慣習に反するようなことが公職選挙法には沢山載っている。


公職選挙法は議員立法である。

国会議員が自分達の首を絞めるようなことを平気で書いている。

自分達の分かりやすいことだけ念頭に置いているから、一旦成立した法律がどんな読まれ方をするか、までなかなか気が回らない。


選挙違反取締本部を設置し、選挙違反の取締りをする警察官は出来上がった法律の条文を出来るだけ上手に活用して取締りの成果を挙げようとする。

法の趣旨を正しく理解して、適正に運用してくれればいいのだが、警察はしばしば拡大解釈に走りがちである。


これをチェックする仕組みがない。

捜査方法、取調べ方法についてはかなり改善されてきているとは思うが、警察官の法の解釈、適用をどうやってチェックするか、という観点からの検討はまだ行なわれていない。


祭りの際の花がけ、がしばしば問題になる。

勿論、祭りの際の寄付は求めてもいけないし、してもいけないのだが、地域の有力者の皆さんの常識とは異なっている。

なんだケチ、ただ酒を飲みにきて、などと、私どもを胡散臭く思っておられる人もおられたかも知れない。

人様から嫌がられるのは皆嫌だから、ついお酒を持っていったり、会費としてお祝いを出したりする。


一升瓶に自分の顔写真つき名刺を付けて出す人もいた。

皆、違反である。

皆、違反を承知でやっているところがある。

時々、これが摘発される。


地方議員で、議員辞職をして逮捕や起訴を免れた、などというケースなどを聞くと、怖くなる。


祭りのときにかけられている花の写真を取っている人がいる。

実は、これが怖い。

これが選挙違反の証拠を集めている証拠である。


へー。


鈍感な人は、こうしたことが分からない。

こうした環境の中で選挙が行われている。

大変な世界ではある。

政治活動のためのビラ配りで住居侵入罪は行き過ぎ

2009-09-30 17:00:14 テーマ:選挙

現行法の解釈として、マンションの中に入ってビラをポストに投げ込んだことが住居侵入罪に該当すると言われれば、確かにそのとおりだろう。


しかし、政治活動の自由をそこまで制約すべきなのだろうか。

刑法の構成要件を杓子定規に当て嵌めると、こんなことになる。

しかし、私はここまで規制することには反対である。


警察や検察、そして裁判所は、現行法の解釈として住居侵入罪の成立を認めた。

そういう広い構成要件になっているから止むを得ないところではある。

しかし、それほどの実害が無いのにビラ配りで逮捕したり、起訴する、ということの妥当性に疑問がある。

すべてのビラ配りを住居侵入で立件しているわけではないから、そこには捜査当局の恣意性が入ってくる。

検察当局もよほどの事件でなければ勾留請求したり起訴するわけではないだろうから、法の適用についての恣意性は排除できない。


まさしく、このような事案を解決するために、立法府が立ち上がるべきである。

法の解釈で法の執行の妥当性を確保しようとするのではなく、法そのものを変える、という努力をすべきである。


これまでは、立法の不備を行政や司法が補おうとしてきた。

これからは、立法府が適時適切に本来の立法府としての役割を果たすべきである。

選挙を戦うにはこんな人材が必要

2009-10-02 09:35:05 テーマ:選挙

素人の人は、良く間違えるのでお伝えしたい。


選挙管理委員会のOBを雇えば間違いない、と思ってスタッフに加えることがある。

しかし、実際には役立たない。

経理一つでも戸惑うことが多い。

正解がない世界が、政界。


そう割り切って、なるべく危険が無い道を選んでいる。

選挙管理委員会や総務省にお伺いすれば、大抵は違反の虞があります、との答えになる。

大丈夫ですよ、と答えて、万一警察の摘発対象にでもなったら答えた担当者の責任が追及される。

だから、皆慎重になる。


選挙の神様は、自分の経験で、どこまでは許されるか、どこまでやると警察から摘発されるか、何をすれば選挙に有利か、何をすれば逆に選挙に不利かを、総合的に知っている人。

選挙管理委員会のOBは、絶対に選挙の神様にはなれない。


選挙が終了したその日に、大事な書類がシュレッダーにかけられる、などというのは、万一選挙違反の嫌疑をかけられたときに備えての対処法。

候補者本人としてはそこまでする必要はないと思うが、候補者本人は大体は何も知らない。

すべてお任せ、ということになる。


素人の人は、自分で何でもかんでもやろうとする。

本で読んだ知識は殆ど役に立たないのに、書いてあることを真に受けて何かやろうとする。

大抵は、後で大変な失敗をしたことに気が付く。

後の祭りである。


候補者本人に成り代わってあらゆるリスクを引き受けるのが、選挙を仕切る人の役割。

そういうスタッフを確保できないまま選挙戦を戦わざるを得ない人は、大変な苦労をする。


私はこうして耐えることを学んできたー選挙の実相

2009-11-27 08:25:30 テーマ:選挙

「あまり票取られると困るんだよな。」


私が初めて衆議院選挙に立候補した時に、私の選対の幹部がエレベータか何かの中で自分の周りにいた人に囁いた、と言われる一言である。

小選挙区制になって最初の衆議院選挙であった。

地元の市長や県議の間で自民党の候補者を選ぶための会議を延々と繰り広げてきたが、誰も手を上げない、上げられない状態の中で地元の政治には縁のない私に白羽の矢が立った。


弁護士の世界ではそれなりに仕事をしてきたので、中央では知る人ぞ知る、という存在だったと思うが、地元ではまったくの無名の人間。

そういう素人に白羽の矢が立つのは、当時自民党で選挙を戦うのはどう考えても無理、という状態だったからだ。

仮に自分から名乗りを上げようとしても必ず足を引っ張る人が出てくるから、何度会議を開いても重苦しい沈黙が続くだけ。

如何に難しい選挙であるかは、その場の雰囲気ですぐ分かる。


そういう環境の中で、私は自民党の公認候補に選ばれた。

私を選んだ会議の座長がしばらく経ってから、冒頭の言を側近に発したという。


これが自分で厳しい選挙を戦ってきた人たちの本音なんだろう。

私は、この話を耳にしたときに選挙についてのあらゆる幻想を捨てた。

自分で自分の道を歩むしかない。

いいことも悪いことも、全て自分の責任で自分がかぶる。


他人の不幸せは自分の幸せ。

選挙にはそういう一面がある。

そういう世界に、私は足掛け15年いた。


少々のことでは、へこたれない。

挨拶がない

2010-01-18 07:05:07 テーマ:選挙

これも業界用語だろう。


あそこに挨拶に行ったか。

まだ俺のところには挨拶に来ない。

挨拶に来ないと言っているよ。


はじめて立候補するときに何度かそういう言葉を耳にした。


あ、先日ご挨拶にお伺いしました。

これまで3回挨拶に伺っておりますが。


挨拶の意味が違うのである。

古い慣習に囚われて地域では、挨拶に行くというのは、何らかの手土産を持っていくこと。

挨拶がない、というのは手ぶらで来たということ。


そういう風土の中で、ベテランの保守政治家は育ってきた。

うちにはまだ挨拶がない。

怒声でそういうことを言う秘書が何を要求していることは明らか。


私は、そういう文化を、革めたかった。


私が人気がないのも、そういう類の挨拶をしないことにしたから。

14年間も頑張り抜いたから、私の地元では私にそういう挨拶を期待する人はいない。

私がしてきたのは、毎朝の駅頭での朝の挨拶だけ。


おはようございます。


怪訝な顔をする人もいたが、おはようございます、は、いい挨拶だ。


公募に応じるなら参議院候補か補欠選挙候補

2010-02-08 09:52:13 テーマ:選挙

これはチャンス、と思っておられる方々が多いと思う。

しかし、公募候補者がどういう人生を辿るか、ということを知らされないままこの世界に踏み込んでしまうと、後悔することの方が大きい。

まず10年間、地を這うような、土を舐めるような努力が必要である。

辛酸を舐める、という言葉があるが、正しい。

これを乗り越えた人は、力のある政治家になる可能性がある。


しかし、知名度のある有名人や有力政治家の2世、3世には、それでも敵わないかも知れない。

公募候補者は、候補者に選ばれてしまったら、後は自分で道を開いていかなければならない。

二階に上げて梯子を外す、というのではなく、小船に乗せて、さあ後は自分で漕いで行ってください、という感じだ。


全国で注目されている選挙区の補欠選挙の場合は、かなり様子が違う。

あらゆるマスコミが注目しているから、メディアを通じて候補者の人と形が世間に喧伝される。

無名の人間が一挙に有名人の一人になることも可能だ。

一種の総力戦になるから党本部からの資金投入も潤沢に行われる。


こういう候補者公募を経験した人は、いつでも同じように行われていると錯覚するだろうが、そんなことは不可能。

一般の候補者公募は、候補者本人の努力にすべてかかっている、と思った方がいい。

よほどの資金的な裏付け、組織的なバックアップがないと候補者公募に応じても先がない。

いい資質の持ち主だということが分かっても、それだけでは最終選考には残らない。

これが現実の姿である。


労働組合の選挙活動

2010-02-16 21:07:59 テーマ:選挙

選挙運動のプロがいる。


選挙前のポスター掲示やビラの投函などはお手の物。

目抜き通りのこれぞという場所にポスターを貼り出す。

え、こんなところに、と驚くが、如何にも選挙のプロらしい仕事ぶり。

土地の所有者に断ったのか断っていないのかよく分からないが、あっという間にポスターを貼り出して行く。


貼った後苦情が来れば剥がしに行く。

しかし、地元の方は選挙のポスターは勝手に剥がすといけないものだと思っているらしく、そのままにしておくことが多い。


一度ポスターを貼り出して苦情が来ないと、もう既得権。

その場所に次から次へと新しいポスターを貼り付ける。

数日間で選挙区全体で新しいポスターが貼り巡らされる。


こういう選挙のプロは、労働組合の専従が多い。

あちこちで選挙の手伝いをやっているから、要領がいい。

ごく短時間で仕事を仕上げて他所へ行ってしまうので、足が付かない。

選挙を戦う身からすると、こういう人材に恵まれている陣営は、実に羨ましい。


自民党では秘書軍団が充実しているところは多少それに似た動きが出来るのかも知れないが、大体は地元の名士の方々が主力だから、こういう機動力は発揮できない。


いやはや。


しかし、労働組合がこんな風に選挙活動をやっていいのか、という声は以前から上がっていた。

労働組合を政治団体化しているではないか。

組合費を政治活動に流用しているぞ。

選挙のたびにカンパを集め、さらには人まで出しているのは」おかしくないか。

労働組合費の天引きを認め、様々な法的保護を与えている労働組合にこんな違法な選挙活動を許しておいていいのか、という声が何度も上がっていた。


これまで捜査の手が及ばなかった労働組合の選挙活動に、ようやく司直の手が伸びた。

北海道教職員組合が民主党の小林千代美議員に1600万円の闇献金をしていた、という事件が明るみに出たのである。

これまで噂に止まっていた労働組合の選挙活動の実態が、ようやく明るみに出始めた。

それにしても、労働組合でも裏金があったのには、びっくりだ。

山梨県教組といい、北海道教組といい、やりたい放題だったようだ。

民主党の政権になってからこういう事件が明るみに出てきたのは皮肉だが、捜査がここまで進展していればいくらなんでも揉み消す、などということは出来ないだろう。

この際、労働組合の政治活動や選挙運動のあり方、労働組合の政治献金のあり方などについて徹底的に議論をし、政治の浄化運動をやってもらいたい。

これは、民主党だからこそ出来る仕事である。

負ける選挙を戦う候補者の方々へ

2010-06-14 09:34:00 テーマ:選挙

皆、覚悟をしているはずだ。


候補者には気の毒だが、投票まで1ヶ月を切ってしまった現在、天変地異の事態が起きない限り国民の投票行動は変えようがない。


〇〇党が参議院選挙で過半数の議席を獲得する。

おそらく各党でもそれぞれ世論調査をしているだろうから、それぞれの幹部は覚悟を決めているはずだ。


気の毒なのは、勝利が覚束ない候補者の陣営。

マスコミの世論調査の結果が公表されるたびに陣営の士気が損なわれ、選挙態勢もガタガタに緩んでくる。


おざなりの選挙戦。

表面上の形だけ整えた選挙戦にならざるを得ない。

一応、戦いました、ということになる。


組織に乗った選挙は、負け戦の時には実に辛い。

いざと言うときに責任を負わないで済むように、半身で選挙に臨んでいる人が多くなる。

候補者本人は十分事態が分かっているが、何も言ってはいけない。

ただ黙然と当面の行動スケジュールをこなしていくだけ。


ただ一人荒野を行く、ような心境でやり抜くしかない。

とにかく、劣勢を伝えられるだけで有力な支持団体や市会議員らの有力者がごそっ、ごそっと陣営から抜けていく様子をじっと耐えて見ていなければならないのだから、負ける選挙を戦う候補者は修行僧のようなものである。


これで何らの悟りも得られないのだとしたら、その候補者は余程の俗人か、人並みはずれた図太い神経の持ち主、ということになろう。


私は4度も国政選挙に落選しているから、選挙の喜怒哀楽は人よりもよく分かっているつもりだ。

しかし、余程純情な人でない限り、選挙での敗北は必ずしも人生の失敗にはならない。

選挙違反を犯したり、多額の借金を作らなければいい。


負ける選挙でも、私がいつも口にしていたことは、楽しく選挙しよう、だった。

怪我人を出さないことと、借金をしないことだけを念頭に、精一杯自分の主張を有権者に訴える。

当選落選は二の次で、とにかく自分らしい生き方を最後まで貫く、そうやって15年近く走ってきた。

これからも、同じ姿勢で走っていこうと思っている。

皆さん、よろしく。

幸い、今回の参議院選挙には立候補しないから、落選だけはしない。

事務連絡、という名の文書違反

2010-06-22 19:40:40 テーマ:選挙

候補者本人の知らないところで小さな違反が起きているのが、選挙の現実である。


選挙の神様、と称される人が大抵はどこにでもいるものだ。

選挙の神様は、どこまでなら許容範囲か、どういう対策を講じておけば摘発を免れやすいか、ということを経験的に知っている。


選挙の神様がいたからと言って、必ずしも一緒に勝利の女神がやってくるわけではないが、神様は神様。

神様がいれば、祟りは少ない。

もっとも、選挙の神様も公職選挙法の改正を必ずしも全部正確にフォローしている訳でもないので、時々間違ったことを教えることがある。

神様だって間違いがあるさ、というのが選挙の現場である。


事務所開きの案内、出陣式の案内、どこの駅頭で街頭演説会を開催するかのチラシ、応援弁士来るの立看板、候補者の名前を書いた幟、などなど、扱いに困る選挙用文書がワンサとある。


文書違反は選挙管理委員会から注意されたら直ちに中止、ぐらいの感覚でどの陣営でも対処しているようだ。

相手の陣営に煩いのがいれば、当然注意する。


私は大雑把だから、いちいち相手陣営を文書違反で突くようなことはしない。

相手にとってこんなにくみし易い敵はいなかったろうと思うが、相手陣営を突けば自分の陣営も突かれる。

お互い様、というところがある。


警察がどんなことに関心を持ち、どんなことを取り締まろうとしているか、よく情報収集して、万が一つにでも摘発されることの無いようにしている、というのが、選挙の神様が張り付いている陣営の選挙である。

素人の方の選挙の注意点

2010-06-23 10:09:19 テーマ:選挙

素人の方は迂闊に選挙に近づかない方がいい、と書いたのは、あくまで素人の人が素人判断で動くのは危険、という一般論を述べただけである。
純真無垢な方々が選挙に名乗りを上げようとされるのを、いやいやこんな苦労があるからお止めになった方がいいですよ、などと野暮なことを言っているのではないので、くれぐれも誤解がないように。


世間の常識が通用しない世界だから、自分の思い込みで危険を冒すことがないよう選挙の実務に通じた人がどうしても必要になりますよ、という念のための注意、程度に理解していただければ幸いだ。


選挙の神様、ほどではないが、選挙のプロは結構いる。

何度か選挙に携わったことのある人は、やはり頼りになる。

ただし、どういうレベルの選挙を、どういう立場で携わったか、ということが決定的に重要で、市議会議員選挙の経験を国政選挙に持ち込んでも殆ど役に立たない。


衆議院選挙と参議院選挙も選挙の仕方が違うので、本当は余り役に立たない。


選挙のプロは、どこにいるか。

国会議員の秘書で、しかも議員会館ではなく地元の選挙区の事務所で選挙を仕切っている人が、大体は選挙のプロである。

秘書歴が何年あるか、どこで秘書を務めてきたか、どういう仕事を担当してきたか、などなどを聞けば、その秘書が選挙のプロがどうか大体見分けがつく。


一方、参議院議員の秘書は、基本的に選挙のプロにはなれない。

選挙を知らない。

支持団体回りとかお金集めの担当だと、とても選挙そのものを仕切るだけのノウハウを蓄積できない。


結局、参議院議員の選挙は、地元の有力な衆議院議員のボス的な秘書か、有力な支持団体が仕切ることになるのが普通の流れだ。


さて、今、全国を見渡して、どこに選挙のプロがいるか。

何と言っても、小沢氏の秘書軍団であろう。

私自身は一度もお目にかかったことはないが、新人候補者陣営にとって彼等ほど役に立つ、頼りになる存在はないはずだ。


多分、彼等は表に顔を出すことは少ない。

いつ、どこで、何をやるか、の全体スケジュールを決めて、企業や労働組合から動員した人間を駒のようにして使う。

ポスター貼りやビラの配布やポストへの投函、さらには駅頭活動などは若い人たちに任せ、ただただ尻を叩く。

選挙の終盤にはさっさと選挙事務所から撤退してしまうので、多くの人は、どこの誰やらも知らない。


選挙のプロは、万一の場合は自分が全部泥をかぶる覚悟をしている。

目の前に逃れることが出来ない証拠を突きつけられない限り、自分から、知っていることなど絶対に言わない。

そういうものである。


素人の方の選挙運動は、そもそもそういう備えがない。

無防備で、かつ無手勝流。

危ういこと限りなし。

選挙の修羅場を潜って来た人の目で、それぞれの陣営の備えを一度チェックされたらいい。


これが私のアドバイスである。

無所属で立候補される方々の注意点

2010-06-23 11:18:29 テーマ:選挙

みんなの党から立候補する某氏からいよいよ明日公示を迎えることになりました、決意して良かったと思っております、とのメールが来ていた。

みんなの党にとって今回は楽な選挙ではない、しかしこの厳しい選挙で味わう苦労や、その苦労を共にした仲間達がいずれは自分の財産になる、頑張れ、と返信メールを送っておいた。


9年前、私は無所属で参議院埼玉選挙区に立候補したことがある。

通りっこない選挙だ、そんな無謀なことは止めたら、などという声が上がっていたが、それでも私は立候補した。

精々取れても10万か15万だよ、などと、何度も選挙を経験している県会議員が言っていた、という話も耳に入ったが、それでも立候補は取り止めなかった。


結果は、12万6000票。

敗れはしたが、私にとっては、一番充実した、中身のある選挙戦であった。

自分の思いの丈を存分に拡声器に載せて訴えることが出来た。

家族ぐるみで懸命に戦った。


あの戦いをしなければ、今日の私はない。

それだけは、自信を持って言える。


戦うときに戦わなければ、その後どんなチャンスを迎えても絶対に勝つことは出来ない。

戦うべき時には、勝敗を度外視して戦え。

これが、私の信条である。


しかし、無所属で立候補する方には大変なリスクもある、ということを予めお伝えしておいた方がいいだろう。


「変な車が停まっていますよ。」

「誰かこっちの方を覗いているような気がします。」

気にも留めなかったが、実は警察がずっと張り付いていた、ということを知ったのは選挙が終わってから。

子どもたちが友人に頼んで自転車部隊を編成してくれたのだが、その自転車に乗っている若い人の顔を一人ひとり写真に撮っていたのである。

街頭で旗を持ってくれていた人の写真も撮ったようだ。

選挙が終わって暫くしたら、子ども達の友人のところに一斉に警察官が出向き、警察署に出頭するよう求める。


アルバイト代の支払いを受けていないか、というのが捜査のポイント。

運動員買収で検挙しようと網を張っていたのである。


無所属で立候補する陣営は、特に運動員買収に気を付ける必要がある。

善意のボランティアでやっていることも、簡単には信じて貰えない。

幸い、アルバイト代の支払いはしていなかったから、辛うじて難を逃れたものの、警察に呼び出された人たちには大変な迷惑をかけてしまった。


もう皆さん、立派な社会人になっておられるだろうが、改めてお詫びを申し上げたい。

このことは、いつか書かなければならない、と思いながら、今日まで秘めていたことである。

これから政治の世界にチャレンジしようとする若い人たちに参考になれば、と思って、ほんのさわりだけ書いた。

少しずつ、少しずつ、本当のことを書いていくつもりだ。

公募で選ばれた候補者が知っておくべきこと

2010-07-21 12:54:15 テーマ:選挙

選挙、という映画があった。


市会議員の補欠選挙に公募で選ばれた候補者の選挙運動の実態を、比較的正直に映像化している作品である。

これから選挙に出ようとしている人たちには、いい勉強材料になるだろう。


この補欠選挙に立候補した自民党の公募候補は、当選した。

しかし、次の選挙には立候補出来なかった。


補欠選挙は、1人を選ぶ選挙である。

自民党の、組織を挙げての選挙となる。

すなわち、自民党に所属している現職の市会議員等の応援を受けての選挙である。

本人の知名度がなくとも、応援する市会議員やその後援会の力を借りて当選することが出来た。


しかし、次の選挙では、補欠選挙で応援してくれた人も、いわば敵になる。

補欠選挙で当選したのは自分の力、などと自惚れていると、とんでもないことになる。


そういうことはあり得ないのが、選挙である。

私は、補欠選挙で当選した地方議会の議員が次の選挙では涙を呑まざるを得なかったケースを、何度か目の当たりにしてきた。

地方議会議員の補欠選挙で当選した人は、まずそれでお終いにするのが穏当なところである。


さて、国政選挙の場合はどうか。

国政の補欠選挙で当選した人は、大体は強運な人である。

補欠選挙は、当然組織を挙げての選挙となる。

時の執行部の命運がかかっているから、まずは潤沢な選挙資金が本部から拠出されるだろう。

全国の注目を浴びるだろうから、マスコミが取り上げる回数も自ずから増え、候補者の露出度がアップする。

それまではまったく無名の候補者が、あっという間に知名度を上げる。


ここが、国政選挙と地方選挙が違うところ。

補欠選挙で当選しても、当選は当選。

次の選挙の時には、まず間違いなく公認候補となる。

公募が一番有効なのは、補欠選挙の候補者だと私は思っている。


だから、どうせチャレンジするなら国政の補欠選挙に限る。

これが、私の皆さんへのアドバイスである。

さて、通常の衆議院議員選挙の小選挙区の公募候補者の場合は、どうか。

たった一人を選ぶ選挙だから、基本的には組織と組織との戦いになるはずである。

だから、公募で選ばれた党の公認候補に組織の票が自動的に全部流れるように思えるだろうが、そんなことはない。

そもそも、組織の票など無いも同然だ。


子どもは、親の言うことを聞かない。

従業員は、社長や上司の言うことは聞かない。

夫と妻は、それぞれ別の行動を取る。

自分のことを皆、聞くはずだ、と思っている人がおられるが、さて、本当に何人の人が自分の言うことを聞いてくれるか。

10人も自分の言うことを聞いてくれる人を持っている人は、大変な人望家か実力者、あるいは気前のいいお大尽である。


そんな人は、すっかり見かけなくなった。

通常の国政選挙では、党本部の職員や秘書が一部の選挙区だけに張り付く、などということはあり得ない。

党本部の潤沢な選挙資金を使って、存分の選挙運動を展開する、などということもおよそあり得ない。

公募候補は、いわば落下傘候補である。


落下傘の下は、敵ばかり、ということも無いわけではない。

衆議院議員選挙の公募候補者は、大変な苦労をする。

それだけは覚悟しておいた方がいい。

全部自分で稼いでいくつもりでいれば、まず間違いない。

足で稼ぎ、口で稼ぎ、頭で稼ぎ、とにかく自分を売っていかなければならない。

若い人や女性は比較的有利だが、それでも苦労はする。

その苦労を自分の喜びに転換できるかどうかが、成功不成功を決める鍵になる。


私は、名乗りを上げてから8年かかった。

二度の衆議院選挙、一度の参議院選挙を経て、四度目の国政挑戦でようやく国会へのパスポートを頂戴した。

苦労を喜びに変えることが出来るのであれば、皆さん、どんどん次の衆議院議員選挙の公募に応じていただきたい。

選挙違反取締本部が解散するまでは参議院選挙は終わっていない

2010-07-13 19:58:16 テーマ:選挙

皆さん、勘違いをしないで頂きたいが、まだ参議院選挙は終わっていない。


勿論、選挙の投票は終了し、参議院の選挙会も開催されて当選者の発表も済む頃かも知れないが、これで選挙が終わった、と気を抜いたのでは、大きな間違いをすることがある。


山梨選挙区などがきな臭い。

激戦を現職が制した、と言うが、どうも組織的な選挙違反が陰で行われたのではないか、という噂が飛び交っている。


警察が事実関係を把握しているかどうかは知らないが、ネットで違反文書なるものが紹介されている。

選挙違反の捜査の端緒は、かつては匿名の投書だったり、陣営内の造反分子の密告だった。

どんな情報でも拾い上げて、警察は内偵をするものだ。

それこそ選挙違反の臭いがすれば、ゴミ箱をあさって裁断された書類を集める、などという地道な捜査もするものだ。


おそらく激戦の選挙区では、鵜の目鷹の目で選挙違反の捜査を今でも続けているはずだ。


選挙違反の摘発には、概ね三段階がある。

まずは、投票日。

投票日の当日、投票箱がしまった直後に強制捜査に入るケースは、事前運動の段階から警察が目を付け、地道に捜査を続けてきてほぼ証拠関係の収集が終了したケースである。


この段階で逮捕される、ということは、まず有罪は免れないケース。

どこまで捜査が拡がるか、何人が選挙違反で逮捕されるか、どこで捜査を打ち止めにすることが出来るか、ということが専らの対応となる。


次に大きな節目となるのが、投票日の5日後の金曜日の夕刻。

開票が終わって当選者が決まってから、選挙運動に従事した関係者の任意の事情聴取を重ね、ある程度の供述を得た段階で、令状を取って強制捜査に移る。

逮捕状が執行されるのは、大体金曜日の夕方か土曜日である。

強制捜査に繋がるような地道な警察の捜査が進んでいるとは誰も考えていないから、ほぼ無防備な状態になっている。

そこへ、いきなり警察の捜査が入る。


当初は、あくまで任意同行。

不意をつかれた状態で、警察の質問に答えることになる。

警察がどの段階で強制捜査に切り替えるのかはよく知らないが、警察はそれまでの捜査で既に一定の心証は獲得しているはずで、相手から何らかの供述が得られれば、任意聴取の途中で一応の供述調書を作成し、これを根拠に裁判所に令状請求を行なうのが通常ではないかと思う。


都合の悪いことには、こんな時に弁護士に相談しようとしても、事務所は閉まっており、連絡がつかない。翌日も翌々日も弁護士と連絡がつかず、途方に暮れることになる。

まるで弁護士と連絡できないように狙って逮捕したんじゃないかと邪推してもおかしくないようなタイミングでの強制捜査である。

投票日の週の金曜日の朝から一斉に関係者の任意の事情聴取が行われ、その日の夜に逮捕状が執行されるということが多い。


選挙について何もご存知の無い方は、投票が終わればそれで終りだと思いがちだが、実は終わっていない。

こういうことは、経験のない人には絶対に分からないことであろう。

素人の無邪気さが通用しないのが、選挙である。

少なくとも投票日から2週間から1ヶ月間は、選挙は終わっていない、と思っておいた方がいい。



関係者が多い選挙違反事件の摘発は、大体投票日の翌々週ぐらいに顕在化する。

それまでは地道な捜査が続いている、と考えておいた方がいい。

投書が沢山寄せられていれば、それだけ一件一件丁寧に捜査している、と思っていれば間違いは無い。


やはり警察が重点を置くのは、買収事犯である。

それも候補者にまで届くような事件。

国会議員や元国会議員まで立件できれば上首尾、ということになる。


大物は滅多に網にかからないが、国会議員や元国会議員でも訳ありの人の場合はたまに網にかかる。

大概は、運動員買収である。

運動員の確保のために自分で金を用意し、自分で支払うような人、すなわち、党の公認を外され、手弁当での戦いを余儀なくされた可哀相な人がよく引っかかる。


勿論、素人の人も網にかかる。

これは、どちらかと言うと法に無知だから。

選挙のプロのアシストが無いから、ほぼ無防備の状態。

真面目に選挙をやった素人ほど引っかかる。


お気の毒だが、これが実際である。

不真面目で、単に自己満足、あるいは、おざなりの選挙運動しかしていない、いや、まったく運動していない人は引っかからない。

これも、事実である。

投票日から2週間経っても誰も警察から事情聴取されていないようだ、ということになったら、まずは安心して良い。


それでも警察の人には、それとなく様子を聞いておくものだ。

自分の陣営で捜査の対象になっている人は、いないでしょうね。

まさか、いるよ、とは言わないだろうが、雰囲気で分かるものだ。


さて、選挙はいつになったら終わるになる、と考えたらいいのか。

やはり、選挙違反取締本部の解散まで、と考えておいたらいい。

選挙違反取締本部が解散したら、捜査員が一斉にいなくなる。

それまで徐々に取締本部を縮小してきているはずだが、捜査員がいる限り捜査が続いている。

捜査員が一人もいなくなれば、もう選挙違反の事実が明るみに出ても誰もその捜査をやらないはず、と私は見ている。


今回の選挙では明らかに選挙に素人の方も多数、名乗りを上げられたようだ。

そのお一人から、今日、私のブログへの読者登録がなされた。

折角の機会なので、本当のことを少しだけお伝えしておく。


まだ、選挙は終わっていない。

運動員に対するアルバイト代の支給

2010-07-23 11:27:08 テーマ:選挙

アルバイトのつもりで選挙運動の手伝いをするととんでもないことになる。

20歳にならない学生が選挙の手伝いをすることも危険である。


私の事務所では、お金は払わない、払えない、ということを口を酸っぱくして若い人たちに教えていたようだ。

だから、選挙のときに街頭で旗を持ってくれたり、自転車に乗ってくれた若い人たちには一切お金は払われていない。


選挙運動に該当しない事務作業だけやってくれた人たちには何らかの支払いがされていたようだが、候補者である私は、何も知らない。

とにかく、運動員買収、という要件に該当するようなことだけは絶対にしない、ということを私のスタッフは徹底していたようだ。


これで、どうやら助かった。


しかし、これを第三者に納得させるのは至難の業である。

私の場合は、まさに決死の覚悟、必死の思いで降りかかってきた火の粉を消すことが出来た。

しかし、それでも際どい戦いではあった。

選挙違反の取締りに当たる警察は、たとえボランティアだといっても必ずアルバイト代の支払いがあるはずだ、と狙いをつけている。

今時の若い人が本当に手弁当で動いてくれる、などとは考えない。


私の事務所では、お金の支払いは特に渋かったようだ。

お金がないから支払わない、ということにもなる。


で、現金の授受がないからそれでお終いになるか、というと、実はそうならない。

アルバイト代の支払いの約束ぐらいはあっただろう、と踏んでくる。

たった一人でもアルバイトの積もりできた人がいれば、危ないところである。

約束があったかどうか、言った言わない、の話になる。


通常の捜査は、アルバイト代の支払いが終り、領収書を書いたところを見計らって行われる。

支払い現金や領収書という物証が確保出来ることを見込んでの捜査になる。

しかし、支払いの約束の立証は、難しい。


だから、捜査官は無理をしがちである。

誰かがそう言っているぞ、相手がそう認めている、などという嘘や引っ掛けが罷り通ることになる。

ここで誰かが、そう大したことでもないし、自分の記憶も曖昧だが、何となくそんな話があったような気がする、などと妥協したら、これは大変なことになる。


若い人が警察に呼ばれれば、緊張もするだろう。

延々と同じような事情聴取を何人もの取調官からされれば、いい加減面倒臭くもなる。

大したことではない、と言われれば、そうか、とも思ってしまう。


これが、選挙違反捜査の実情のすべてではないが、こんなことも罷り通るのが現実である。

とんでもないことだが、警察はなんとか選挙違反を摘発しようと懸命なので、現場は暴走しがちになる、ということを十分承知しておいた方がいい。

選挙違反の摘発件数の多寡で熱心に仕事をしたかどうか評価される社会だから、どうしても成績主義に走りやすい。


落選した陣営や素人の人が仕切っている陣営が危ないのは、選挙違反取締本部を設けた県警はなんとか選挙違反の検挙件数を増やそう、自分達の仕事ぶりを評価してもらおうとしゃかりきになっているのに、当人達は殆ど無頓着で、狙いが付けられやすいからである。


こんなことを教えてくれる人は、まずいないだろう。

これから選挙に挑戦しようと志を立てている人は、こんな簡単なことから学んでいって欲しい。

余計な患いごとを抱え込まないために。

大事な仕事に、後顧の憂い無く全力投球で取り組むことが出来るようになるために。

祭りの花かけ

2010-07-26 00:19:18 テーマ:選挙

選挙違反については、実に心すべきことが多い。


まさかこんなことまで、と思うようなことが違反だとされる。

普通の善良な市民がこのくらいはいいだろうと思ってしていることが、警察の目ではれっきとした違反になる。

法律の条文を読めばそのようにも読めるから、警察の捜査が違法だ、警察が横暴だ、ということは言えない。

こんな法律を作るからいけないのだ、と思うが、残念ながら立法者である国会議員は全体として立法の能力が十分でない。


普通の善良な市民を犯罪者に仕立て上げかねない現在の公職選挙法は欠陥法だと私は思っているが、欠陥法である公職選挙法を是正する能力をどうも国会は欠いているように思えてならない。


今、まさに祭りのシーズンであるが、これは注意した方がいい。

皆さんはお祭りに寄付をする習慣はご存じないかも知れないが、お祭りの時には土地の有力者や資産家は祭りに5000円、1万円と寄付をするものだ。

5000円寄付すると1万円と書いて掲示する。

5000円を5000円とそのまま書くところもあるが、景気をつけるために倍に書くところが多かった。

これが、花かけである。


祭りには大変なお金がかかるのが実情だが、これを賄っているのが実はこうした寄付である。

麗しい風習だと言っていい。


金持ちは金持ちらしくドンと寄付をする。

お大尽と称される人は、勿論お大尽らしく振舞う。

地元の旦那衆である。

当然、お金を沢山出す人は一目おかれる。


お金がそんなにない人は、自分の器量に応じてそれなりの金額の寄付をする。

勿論、酒やビール、ジュースなどということもある。

事前に奉加帳が回るところもあるが、大体は祭りの当日に皆さん熨斗袋を持って祭りの受付に行く。


市会議員や県会議員、国政選挙の候補者等は、地元の人から見れば有力者の部類だ。

皆さん、当てにしてしまう。

いい貫禄をした人が手ぶらで祭りに顔を出す、というのは恥ずかしいものだ。

祭りで花をかける、というのは、まさに土地の人にとっては人の器量比べをするようなものである。


さて、こういう風土がある中で、祭りに行って花をかけないで済ませてこられるか。


えっ、と驚くような話だが、祭りにかけられた花をカメラに収めている人がいた。

祭りの風景の一つとして花がかけられているところを撮っておく、というのも確かにあるが、現実は厳しい。


祭りの寄付は、市会議員も県会議員も、あらゆる選挙に出ようとする候補者にとっても実は違法な行為になる。

違法な行為をしている、という証拠写真を撮っているのである。


選挙が終わって、何ヶ月も前の祭りの寄付が摘発されて議員を辞職、などというケースを新聞報道で見てきた。

議長選挙のときになって、祭りに自分の名前で寄付をしていたことを材料に議長候補から引きずり降ろされた、などというケースも見てきた。

議長が自分の個人名を併記して祭りの花を出させたということが問題になって、任期の途中で議長を退任、などということもあった。


そのくらいに現実は厳しい。

土地の人から見れば、祭りに顔を出すのであれば3000円でも5000円でも寄付をするのが当たり前、ということになるが、祭りの寄付にはこんなリスクが伴っている。


知らないのがいけない、とは言うものの、普通の善良な市民が当たり前、と思っていることが公職選挙法違反になり得るのである。

狙われたら危ない、ということだ。

証拠を残しておいたら危ない、ということである。


そういう危ない世界に足を踏み入れようとしているのだから、公募に応じて各級の選挙に挑戦しようとしている前途有為な人たちは、よくよく先達の話を聞くものである。


自分の志を遂げるために。

本当に世の中の役に立つ政治家になるために。

身代わりになった人に感謝

2010-07-27 09:07:14 テーマ:選挙

自分ひとりの力で今日の地位を占めたとは、決して考えないことだ。


昨日の26日が一つの節目である。

新しい参議院議員の任期は昨日から始まっている。

選挙期間中にあれだけ頭を下げて、愛想を振り回っていた人が国会議員になったら途端に横柄になった、などと言われないように、心してこれからの議員生活を楽しんで欲しい。


新しい議員会館のスペースはこれまでの3倍近くあるようだ。

広いですよー、と民主党の衆議院議員の秘書の方がそう言っていた。

仕事をしたい人にとっては、最高の執務環境である。


どれだけの仕事をしてくれるか、楽しみに見ている。

一人の成功の影には、実は大きな犠牲が払われている。


第一は、家族であろう。

しかし、家族はある意味で一心同体、一蓮托生、運命共同体的なところがあるから、これは我慢してもらうしかない。

いずれはいいこともあるだろう。


一番犠牲になるのは、事務所のスタッフや秘書と呼ばれる立場の人たちである。

それこそ候補者の身代わりになった人も大勢いるだろう。

自分を犠牲にしてでも候補者を守る、これが選挙に携わる人たちの心構えだと言ってもよい。

あらゆる泥をかぶる覚悟をしている。


なんでそこまで、と思うが、政治に携わる人たちの間では、これが常識である。


秘書が自分のボスを売ってしまう、などということは通常はあり得ない。

ごくごく経験の浅い、殆どこの世界に馴染みのなかった若者がたまに変な行動に走ることがあるだけで、大抵の秘書は自分を犠牲にしてでも候補者を守る。国会議員である自分のボスを守る。


何故だろうか。

まずは、政治の世界での常識に反する行動を取った人は、二度と政治の世界に戻ることは出来ない。

あっという間に、それまで営々として築いてきた人間関係やネットワークが壊れてしまう。

残るのは、孤立感である。

いわば村八分になるようなものだ。


これが何よりも怖い。

だから、秘書は国会議員であるボスを裏切らないものだ。


その秘書があえて自分のボスであった国会議員の秘密を暴露するのは、よっぽどのことがあったときに限る。

ボスからとんでもない仕打ちを受けたときが、これである。


最近、私が身代わりになりました、という手記を書いている元秘書が出てきたようだが、その類の話の信憑性は一般的に高い。


私の場合も、私の身代わりになった人がいる。

覚悟が出来ていた人だ。


胃を3分の1くらい切除しなければならず、その手術のために国会議員の秘書を辞めて療養中の人がいた。

私の最初の選挙をどなたかに仕切ってもらわなければならない、ということで人を探していたところ、たまたま紹介があって選挙の仕切りをお願いした。

体調が万全でない、ということを承知の上でのお願いであった。


私は、考えてみるとこの人に随分助けられていた。

地元の県会議員やその取り巻きの人と懇親の場を設ける。

当然、お酒の遣り取りになる。


最初が肝心。

注しつ注されつ、いわゆる胆力の力比べになる。

これが、呑み比べだ。


私の代わりに、呑む。

徹底的に、呑む。

相手が酔っ払うまで呑む。


この呑み比べで勝てば、大した男だ、ということになる。

私も呑めない方ではなかったが、そんなことをしていたのでは仕事に差し支える。

勿論、身体にも悪い。


私の身代わりに、徹底的に相手に付き合うのである。

胃を3分の1も切った人は、実はアルコールに弱くなっている。

自分の身体をいとわないで、私の身代わりになってひたすら呑むのである。


この人は、よく事務所を休んだ。

前の日にどこかで痛飲すると、すぐ身体に変調が起きる。

だから休むとなると、何日も休むことになる。


しかし、私の身代わりになったことは間違いない。

政治に携わる、ということは、このくらい激しいことなのだ、ということを私はこの人から学んだ。


最初にこういう人に出会えたことがどんなに幸運なことで、しかも大事なことであったのか、を今になって気づいている次第である。

泥沼に沈まない方法

2010-07-27 21:41:30 テーマ:選挙

選挙の現場に通じている人は、よく言う。


折角弁護士という素晴らしい職業についているのに、なんで泥沼に足を踏み入れるようなことをするんだろう。

止めた方がいいのに。


先日お会いした市会議員の方が、私は本当はそう思っていたんですよ、と話された。


確かに泥沼である。

当選してしまえばいいのだが、当選できない間は泥沼である。

ずぶずぶと泥濘に足を取られてしまうようなところがある。


どうしたらいいのか。

一日も早く当選させていただき、思う存分国会議員としての仕事をさせてもらうに限る。

しかし、これは余程の運に恵まれなければ叶わないこと。


次善の策は、落選中は弁護士の仕事も十分出来るような体制を取ることである。

忘れられない程度に地元の会合や行事に参加し、駅頭活動だけは毎日欠かさない。

ブログは毎日更新し、政治を志す者として、なるべくいい内容のブログを発信し続ける。


そして、どんなことがあってもへこたれない。


自分の肥やしになると思って、様々な苦労を楽しむ。

頭でっかちにならないよう、とにかく身体を動かす。

祭りに参加したら、準備段階から後片付けまで全部付き合う。

頭の疲労だけではストレスが溜まるので、そのときは頭と同じ程度に身体が疲れるように運動をする。

常に小さな目標を掲げて、毎日これを達成するようにする。

駅頭に立ってビラを配布するときは、50枚なら50枚、受け取ってもらうように頑張る。

おはようございます、という挨拶をするときは、同じようにおはようございます、と挨拶を返してくれる人の人数を毎日数える。

1日50人と会う目標を掲げたら、何も考えないで愚直にこれを実行する。

周りの目を気にせず、ひたむきに我が道を行く。


これを繰り返していたら、結果的に泥沼を避けたことになる。

目標を見失うから、泥沼に入る。

目標を見失うから、将来に対する希望を失い、泥沼に足を取られてしまうのだ。

目標を見失わないで、あくまで一歩一歩着実に歩んでいれば、私たちは泥沼を避けることも出来るし、一旦泥沼に足を取られてもそこから抜け出すことが出来る。


これが15年間の政治生活から私が得た教訓である。

おそらく何にでも当て嵌まるのではなかろうか。

何故28日に逮捕か

2010-07-29 09:06:44 テーマ:選挙

警視庁捜査2課が昨日、民主党から立候補して落選した候補者親子を運動員買収(選挙運動の見返りに報酬を支払う約束をした)容疑で逮捕した、という記事が載っていた。


あ、やっちゃった、という感じである。

自分の会社の社員に電話かけをさせる、その見返りに給料相当額の現金を支給することを約束した、という嫌疑である。


こんなことで逮捕するのかな。これはかなわんな、と正直思う。

落選候補者の陣営に限って運動員買収で逮捕される人が出てくるので、何か弱いもの苛めのような気がする。

もっと大物の選挙違反、組織ぐるみの本当に悪質な選挙違反を徹底的に摘発してみたら、と言いたくなるが、どうも手っ取り早く検挙しやすそうな相手だけ狙っているようで、実に気持が悪い。


何故28日に逮捕されたのか。

選挙違反の摘発をする立場になって考えれば、分かることだ。

運動員買収を摘発するためには、現実に現金の授受が終わり、領収書が書かれた直後が一番いい。


いつごろ運動員に対する支払いがされるか。

投票が終わった直後は、おそらく選挙事務所は選挙の後始末で大童。

とても選挙の支払いまでは追いつかないはずだ。

ある程度片づけが終わって、いよいよ選挙事務所を畳む頃、ということになるだろう。


会社であれば、月末に近い5,10日。

7月25日に支払いがされる可能性が高い。

たまたま今年の7月25日は日曜日なので、その直後あたりに運動員に対するアルバイト代の支払いがされるだろう、と考える。


候補者が当選していれば取りはぐれはおそらくないが、落選した候補者の場合はどうなるか分からない。

運動員も早くアルバイト代を欲しがるはずだ。

だから、月末は運動員買収事犯の摘発の最大の狙い目、ということになる。


うまくすれば、領収書が押さえられる。

現金の押収も出来るかも知れない。

これが、摘発する側から見た場合のロジックである。


まさに、善良な市民が落とし穴に落ちるようなものだ。

あっ、危ない、と声をかけたくなるが、これは教えを乞おうとしない人も悪い。

勿論、危険性を知りながら何にも教えない人は、もっと悪い。

誰がこの候補者を担ぎ出したのか知れないが、それまで順調に歩んできた人生が多分これで台無しになる。

気の毒で仕方がない。


誰が最後までこの親子の面倒を見るのだろうか。

それとも、落選した候補者は用済みなのか。


それにしても、電話かけのアルバイト代の支給約束を選挙違反だとしている現在の公職選挙法は善良な市民を犯罪者に仕立て上げかねない悪法であると私は思う。

民主党は公職選挙法の改正問題に早急に取り組む必要があると思うが、如何か。

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